【産経抄】2018-11-19
旧東ドイツの警備隊員、コンラート・シューマンさんは同僚の兵士から、東西ドイツを隔てるベルリンの壁の建設が始まった、と聞かされた。1961年8月時点では、まだ有刺鉄線しかない。シューマンさんは、脱出を決意する。
▼たまたま西ドイツ側から撮影中だったカメラマンは、シューマンさんの不審な動きに気づいていた。次の瞬間、銃を肩にかけたまま鉄線を飛び越える瞬間を見事にとらえた。「自由への跳躍」と名付けられた写真は、世界的に有名となる。
▼北朝鮮から自由への跳躍を試みる人もまた、後を絶たない。脱出に成功して韓国に住む脱北者は、現在3万人を超える。軍事境界線がある板門店で昨年11月、韓国側へ越境した北朝鮮兵士、呉青成(オ・チョンソン)さんもその一人である。韓国を含めて初めて単独インタビューに成功した、小紙の記事は興味深いものだった。
▼北朝鮮兵の銃撃を受けた呉さんは、一時重篤な状態だった。医師によると、治療中、体内から大量の寄生虫が見つかっていた。聞けば、呉さんの父親は軍の少将である。出身階層が高くても、劣悪な衛生環境と栄養状態から逃れられないようだ。金正恩朝鮮労働党委員長に対して、ほとんどの若い世代が、無関心で忠誠心がないのも当然だろう。
▼ただ脱北者にとって、韓国社会が今後も安住の地であり続けるのか疑問も残る。対北融和政策を続ける文在寅政権の下では白昼堂々、金正恩氏を礼賛する集会が開かれるようになった。北朝鮮が将来、朝鮮半島統一を果たす可能性さえ取りざたされる。脱北者にとって、悪夢でしかない。
▼シューマンさんは、東独スパイの襲撃を恐れていたらしい。ドイツの東西統一が実現しても、心休まることなく、98年に自殺している。