2018年11月4日日曜日

【産経抄】2018-11-04(日)

【産経抄】2018-11-04


 禅僧で歌人の天田愚庵は正岡子規に短歌の開拓を促した人として知られる。ある年の秋、庭になる柿を病身の子規に送った。待てど返事がない。愚庵は気遣う歌を子規に宛てた。〈正岡(まさをか)は真幸(まさき)くてあるか柿の実の甘きともいはず渋きともいはず〉。

 ▼真幸く、つまり「達者なのか」と。すでに礼状を出していた子規だが、急いで返歌をしたためた。〈柿の実のあまきもありぬかきのみの渋きもありぬしぶきぞうまき〉(『幕末明治 異能の日本人』出久根達郎著)。この一首を機に、子規は短歌に目覚めたという。

 ▼日のかげりが早くなり、木立が晩秋の色を深める季節になると、この挿話が思い出される。メールがある。SNSがある。スマートフォンの画面を指でなぞるだけで、次の日には遠方の物が手元に届く。およそ恵まれた今の時代には、生まれ得ない交情と歌だろう。

 ▼多端の「明治150年」は駆け足で過ぎようとしている。壁のカレンダーはいつの間にか6分の1に厚みを減らし、先日の紙面は「平成最後」となる年賀はがきの発売を伝えていた。もうそんな時期かと慌てつつ、終わりゆく時代の夕映えに感傷を覚えなくもない。

 ▼年賀はがきの発行枚数は年々減っていると聞く。SNSで新年の挨拶をつぶやけば足りる世代に、手書きの一筆が伝える情感やぬくもりを説くのは、アナログ世代に生まれた身の負け惜しみかもしれない。平成が遠い時代となる頃、人は年賀状をどう語るのだろう。

 ▼一説には、「秋が来たら柿を送る」と励ます愚庵に子規は「死なずに待つ」と答えた。愚庵は実が熟すのを待てずに柿を送り、その深慮に打たれて詠んだのが〈しぶきぞうまき〉という。命の残照というべき余情は、不便な世からの贈り物である。