【産経抄】2018-11-07
マツタケ料理のひとつに土瓶蒸しがある。作家の幸田露伴は、ウナギの蒲(かば)焼きとの組み合わせを好んだ。「二ツ裂きにしたくらゐの大きな茸を入れ、その上からたれを清酒で薄めてそゝぎかけ、蓋をして火にかける。土瓶が鳴りだせばそれでいゝ」。
▼娘の文の随筆を引くだけで、食欲が刺激される。夏目漱石や正岡子規にとっても大好物だった。明治の文豪たちが現在のマツタケの高値を知ったら、仰天するだろう。そのぜいたくな秋の味覚が、今年は豊作で価格も安いと、共同通信が昨日伝えていた。
▼主産地で夏場以降、生育に適した天候が続き、市場での取扱量が前年比で4割も増加したという。半信半疑で近くのデパートの青果売り場をのぞいてみると、果たして米国産がほとんどである。ただひとつの国産品は3本かごに鎮座して、3万9800円の値段がついていた。
▼やはりバカマツタケに期待するしかない。アカマツ林に生えるマツタケと違い、ブナ科の広葉樹林で見つかる。収穫時期も1カ月ほど早い食用キノコである。場所と時期を間違えたという意味で、ひどい名前がついたらしい。「本家」よりやや小ぶりながら、見た目も味もそっくり、香りはむしろ強い。もともと高級食材だった。
▼兵庫県加古川市の肥料メーカー、多木化学が先月、このキノコの完全人工栽培に成功した、と発表した。朗報に反応して、たちまち株価が跳ね上がった。すでに奈良県森林技術センターが別のやり方で、安定生産に取り組んでいる。
▼マツタケの人工栽培については、明治以来研究が続いてきたものの、実現していない。多木化学では技術を磨いて、3年後の商品化を目指している。文豪のまねごとをする楽しみは、それまでとっておこう。