2026年4月23日木曜日

2026-04-23本日放送のケンミンショーの「ワニ」について思うこと

2026-04-23(木)
本日放送のケンミンショーの「ワニ」について思うこと 。

「伝統」を「欺瞞」にしないために —— 情報の正確性が担保する地域の信頼

今日は「ケンミンショー」で取り上げられた「ワニ」について、思うことを話したいと思いす。「地域の伝統と現代社会の共存」について、一つの具体的な例を挙げながら私なりの考えを話したいと思います。

関西の一部、あるいは山間部の地域において、サメの肉を「ワニ」と呼んで販売する文化があります。これは冷蔵技術がなかった時代、アンモニア分を多く含み腐りにくいサメが、山地における貴重な「海の魚」として重宝されたという、合理的で興味深い歴史的背景があります。

しかし、私はここで敢えて問います。現代において、何の注釈もなく「サメ」を「ワニ」として提供する行為は、果たして「伝統」という言葉だけで許されるのか、ということです。。

私は、これは明確な「間違い」であり、厳しい言葉を使えば「欺瞞」、あるいは「詐欺的行為」であると考えます。

なぜか。理由は3つあります。

第1に、「村社会の理屈」の押し付けです。
かつてのように情報が閉ざされた時代なら、その地域の「常識」で済みました。しかし、今はインバウンドを含め、世界中から人が集まる時代です。生物学的に全く異なる「サメ」を、何の説明もなく「ワニ」として売ることは、相手を誤認させる不誠実な行為だと考えるからです。

第2に、「安全への配慮」の欠如です。これは単なる呼び名の問題ではありません。命に関わる問題です。魚類であるサメにアレルギーを持つ人が、「爬虫類のワニなら大丈夫だ」と信じて口にしたらどうなるでしょうか。万が一、アナフィラキシーショックなどの重大な事故が起きた時、「伝統だから」という言い訳は通用しません。それは明確な「過失」であり、犯罪にもなり得るからです。

第3に、「国際的な信頼」への影響です。メキシコをはじめ、オーストラリアやアセン諸国では、本物のワニ肉を食文化として持つ国の人々が日本を訪れた際、この事実を知ったらどう思うでしょうか。「日本は看板と中身が違うものを平気で売る国なのか」と、日本の食のブランドそのものを傷つけることになりかねないからです。。

解決策は驚くほど「単純なこと」です。提供する際に、あるいはメニューの隅に、「これはサメですが、この地域では伝統的にワニと呼んでいます」と一言添えるだけで良いのです。そのわずか数秒の手間、数文字の注釈があるか無いかが、信頼と欺瞞の境界線なのだと思います。

伝統を尊重することと、事実を正確に伝えることは決して対立しません。むしろ、正確な情報を開示してこそ、その伝統は初めて「外の人」にも理解され、尊敬される文化へと昇華されると信じているからです。

正確な情報こそが信頼の基盤です。私たちは、自分たちの「当たり前」を疑い、常に受け手の視点に立った誠実なコミュニケーションを心がけるべきではないでしょうか。事実を事実として伝える。その当たり前の誠実さこそが、今の日本に最も求められていることだと思っています。






2026年4月14日火曜日

Youtubeから流れる旋律、酒の酔いに身を任せながら思う

 Youtubeから流れる旋律、酒の酔いに身を任せながら思う。


昭和36年、第二次世界大戦の終結から16年が過ぎた青森市長島。ここの借家の二階が私の生まれた場所だ。産婆さんに取り上げられたらしい。
焼け野原から力強く立ち上がろうとする復興の足音が、まだ街のいたるところに響いていた時代だ。

戦争の傷跡は完全には癒えておらず、瓦礫の記憶とともに、人々は日々を積み重ねていた。復興とは単なる再建ではなく、「失われた時間」を取り戻そうとする、静かな意志の連なりでもあった。

やがて高度経済成長の波が押し寄せ、街は次第にその姿を変えていく。かつての古い呼び名が、新しい地名へと塗り替えられていく過渡期の中で、物心ついた頃には、そこはもう「長島」という名で定着していたが、幼い記憶の断片には、古い呼び名の片岡が、微かに残っている。

時代は決して穏やかに流れていただけではなかった。

復興の途上にあった東北の地は、自然の猛威とも幾度となく向き合うことになる。とりわけ、十勝沖地震は、青森を含む北東北の人々にとって、忘れ難い出来事となった。まだ社会基盤も十分とは言えない中での大きな揺れは、ようやく積み上げてきた日常を一瞬にして揺さぶり、人々の心に深い影を落とした。当時、私は小学校低学年、長島小学校でした。何年生か、はっきりした学年は覚えていない。(調べれば分かるんだろうけど)。「食パンと、いちごジャム」を入れた透明な袋を持たされて返されたことが大きな記憶として残っている。

それでも人々は立ち止まらなかった。
崩れたものを直し、失ったものを数えながら、それでも前を向くという営みを、ただ黙々と続けていった。

あれから長い年月が流れた。2011年、東日本大震災という未曾有の災禍を乗り越えて生まれた命が、2026年、今や15歳となり、自身の未来へと力強く歩み始める年となった。

そして2026年の今、新しくこの世に生を受けた子供たちもまた、かつての私と同じように、大人たちが語る「震災からの復興」という歴史の物語を聞いて育つのだろう。

時間の流れはあまりに無情だ。かつては「あの時はこうだった」と鮮明に、主題として語れていたはずの記憶が、時を重ねるごとに輪郭を失っていく。いつしかそれは、個人の生々しい体験から、歴史を説明するための「連帯修飾語(あの時は→あの時の)」へと姿を変え、記号化され、風化していく。その言葉の色の褪せ方に、抗いようのない寂しさを覚える。

年齢という数字を積み重ねるほどに、脳内に刻まれたメモリーの容量は反比例して減っていくかのようだ。

かつては確かにそこにあったはずの、街の匂いや人々の喧騒、些細な日常のディテール。それらが、時の波に洗われる砂の城のように崩れ、特筆すべき大きな出来事だけが岩のように取り残され、記憶として残る。

それは、十勝沖地震であれ、東日本大震災であれ、時代の節目となる出来事ほど、強く記憶に刻まれる一方で、その周囲にあったはずの無数の「日常」は、静かに消えていく。

酔に連れ、語彙を思い出せず、ステレオタイプの表現だけが頭に浮かぶ、自分に失望する必要はないのかもしれないが、この「曖昧さ」こそが、65年という歳月を生きてきた、何よりの証拠なのだと思う。

むしろ、曖昧になっていく記憶の中にこそ、本当に大切だったものの輪郭が、かすかに残り続けているのかもしれないな。






2026年4月12日日曜日

学校で習った学問

学校で習った学問

学校で習ったことが、実は今の生活を支える知恵になっているという事実を、少し現実の社会生活として捉えてみたいと思います。ちょっと素敵で深みがある世界が見えてくるかもしれませんよ。単なる知識としてではなく、人生の厚みとして、学問を捉え直す視点の気づきになるかもしれません。

日々の何気ない生活を、私たちが学校で学んだ「物理・化学・数学・国語」という眼鏡で覗いてみると、世界は驚くほど豊かな表情を見せてくれます。今日は、朝起きてから夜眠るまでのワンシーンを、これらの学問で実況中継するように表現をしてみたいと思います。

朝、目が覚めて、まず私たちが格闘するのは「物理学」です。
心地よい布団の重み、これは地球が私たちを引っ張る「万有引力」そのものです。そこからエイッと体を起こすのは、筋肉が蓄えた化学エネルギーを運動エネルギーに変換し、位置エネルギーを高めるという物理的作業に他なりません。また、キッチンでコーヒーを淹れる時、立ち上る湯気は「熱対流」です。カップの底が熱いのは「熱伝導」であり、トーストが焼けるのは「熱放射」です。私たちは毎朝、力学と熱力学の実験を繰り返しながら、一日のスタートを切っているのです。

次に、生活を支えているのは「化学」の視点です。
料理はまさに、緻密な化学反応の連続です。肉を焼いて香ばしい匂いが漂うのは、「メイラード反応」という、アミノ酸と糖が熱で結びつく現象です。魚にレモンを絞って臭みを消すのは、アルカリ性の成分を酸性で打ち消す「中和反応」です。
また、洗剤で汚れを落とす時、私たちは「界面活性剤」の力を借りて、本来混ざり合わない水と油を結合させています。キッチン洗剤の多くがこの化学反応を利用しています。

そして、私たちの行動をスマートに導いてくれるのが「数学」です。
家事や仕事の段取りを考えるとき、私たちの頭の中では「グラフ理論」や「最適化問題」が解かれています。「洗濯機を回している間に掃除機をかけ、その隙にメールを返す」という計画は、最短時間でタスクを完了させるためのアルゴリズムの構築です。
スーパーの買い物で「どちらがお得か」を計算するのは比例の考え方ですし、夕飯の献立を考える際に栄養バランスを整えるのは、いくつもの変数を組み合わせる多元連立方程式を解いているようなものです。数学は、複雑な毎日を整理し、秩序を与えるための強力なツールなのです。

最後に、これらすべてを繋ぎ合わせるものが「国語」の力です。
例えば単なる「H2Oの結晶」を「氷や雪」と呼び、それが溶ける様子に「春の足音」を感じる、とか。この情緒豊かな解釈こそが国語の真骨頂です。
私たちは言葉というフィルターを通して、事実の羅列でしかない日常に「ストーリー」を与えています。誰かの言葉の「行間」を読み、自分の想いを「語彙」に託して伝える。それは、論理的な読解力と、古典から受け継いだ豊かな感性の融合です。国語があるからこそ、私たち日本人はただ生きているのでは無く、人生を「鑑賞」する余白を表現する事ができる、世界にも稀な特徴を持った人々の集まりだということが分かります。

最後の結びとして、
物理で動き、化学で変化し、数学で整え、国語で味わう。
こうして考えると、義務教育で学んだ基礎知識は、テストのためだけに有るのでは無いことがよ良くわかったと思います。それは、私たちの日常をより深く、より面白くするための「世界を読み解く魔法のコード」なのだと思います。200年後には、「I」表現の一人称は、Iではなく、「Ore 、Watashi、Boku、Jibun is American」って成ってるかもしれませんね。

皆さんも、明日からの生活の中で「あ、今は物理現象の中にいるな」とか、「これは面白い化学反応だ」と、ふと思うことも有るかもしれません。その時はきっと、いつもの景色が少しだけ輝いて見えていたのかもしれませんね。

こうした学問的な視点で日常を切り取ってみると、他にも「これは何学だろう?」と気になる瞬間があるかもしれませんね?

2026年4月10日金曜日

今は無き 「らいぞう」(らーめん屋)

  COPILOTに聞いてみた。


青森市小柳にあったラーメン屋さん。

今は無き

「らいぞう」の濃厚ラーメンのスープの作り方を聞いてみた。

その回答

らいぞうラーメンのスープ、特に青森のものは本当に美味しいですよね。その深い風味を再現するのは一つの芸術です。ここに、青森風のラーメンスープを家庭で作るための基本的なレシピを紹介します。

青森風ラーメンスープの作り方

材料:

豚骨:1キログラム

鶏ガラ:1キログラム

水:2リットル

ニンニク:3片(つぶす)

生姜:1片(スライス)

長ネギ:1本(適当に切る)

昆布:10センチメートル(冷水に浸しておく)

鰹節:30グラム

醤油:100ミリリットル

塩:適量

みりん:50ミリリットル

手順:

煮込む準備:

豚骨と鶏ガラをしっかり洗い、血の塊や汚れを取り除きます。

茹でる:

大きな鍋に水を2リットル注ぎ、豚骨と鶏ガラを入れて中火で煮ます。沸騰したら火を弱め、アクを取りながら約3時間煮込みます。

風味を加える:

煮込んでいる間にニンニク、生姜、長ネギ、昆布を加えます。さらに1時間煮込みます。

出汁を作る:

昆布を取り出し、鰹節を加えてさらに10分煮ます。その後、こしてスープを別の容器に移します。

味付け:

醤油、みりん、塩を加えて味を調えます。

完成:

ラーメンの麺を別に茹で、器に入れた後、スープを注ぎます。お好みでチャーシューやメンマ、ネギをトッピングしてお楽しみください。

このレシピで、青森風の深い味わいを自宅で楽しんでくださいね。ラーメンを楽しむ時間はいつも特別です。🍜

と回答してきました。

「らいぞう」の味なるかどうかは別としてチャレンジしてみるのも良いかもね。。。。。

実践するかしないかは、あなた次第です!!!!!

ただ、煮干しが出てこないのが、信憑性に欠けますが・・!!!

今は無きラーメン屋「らいぞう」、もう一度たべたいですね。







山を熟知しているはずのPROの山男の慢心が誘発した人災

  山を熟知しているはずの、PROの山男達の完全なる敗北だ。結局は彼らは「山を舐めていた」ということだ。人災、そのものだ。1902年、日本の八甲田山で起こった歴史的大惨事遭難事件だ。210名の内199名が死亡した山岳歴史上、類を見ない遭難事件だ。このパーティも結局は「山を甘く見た」。遭難した210名のパーティの他、少数で、この逆周りをしていたパティもあった。この2つのパーティの最も異なることは、「山に対しての心構え」だった。199名もの死者を出したパーティは、「遊び半分、装備も軽量」、逆周りした少数パーティは、「周到な準備以上の装備と計画」、これがこの2つのパーティの生と死の「分水嶺」となった。少なくても装備を充実していれば、死者の人数は減っていたはずだ。。。。。。山を熟知しているはずのPROの山男の慢心が誘発した人災なのだろう。罪は重い。










1996年のエベレスト遭難事件は、

  1996年のエベレスト遭難事件は、職業的な登山家やガイドを含む登山隊が「山を侮った」結果として、深刻な人災を引き起こした典型的な例でした。この出来事は、日本の1902年に発生した八甲田山遭難事件とも共通点が見られます。


八甲田山遭難事件では、主隊210名のうち199名が命を落とすという壊滅的な結果となりました。一方で、逆ルートを選んだ小隊は入念な準備と適切な装備を備えており、その違いが生死を分ける決定的な要因となりました。主隊は軽装で山を侮り、十分な準備を怠ったことで、自然の厳しさに対処できませんでした。

エベレスト遭難事件においても、十分な装備の不備が致命的な結果を招きました。特に、商業登山として顧客を受け入れていたにもかかわらず、極寒の環境に耐えうる重装備が用意されていなかったことが、多くの命を奪う要因となりました。極限の環境下で凍傷や低体温症を防ぐためには、防寒具や適切な酸素供給システムなど、より徹底した装備が必要だったのです。

商業登山においては、単に「無事に下山させる」だけでなく、「無傷で下山させる」ことが最低条件であるべきです。しかし、この事件ではリーダーたちが商業的なプレッシャーに屈し、安全よりも成功を優先してしまいました。その結果、装備と判断力の両方に欠陥が生じ、大惨事を引き起こしたのです。

八甲田山とエベレストの両事件は、自然への畏敬と準備の徹底がいかに重要かを改めて教えてくれます。これらの教訓を無視することは、新たな悲劇を招く危険性を孕んでいます。





私は「ひろゆき氏」の考え方に賛成します。

  基本的な間違いがあります。植民地ではなく併合なんですけど。。。。。


併合時代に朝鮮の人口は倍になり、これは衛生管理を徹底した政策がもたらした「善」ですね。文盲率の低下や生活インフラや鉄道、はげ山だった山に植林など、その費用はすべて大日本帝国からの持ち出しです。戦後は、日韓基本条約を無視した大韓民国の妄想癖が病的なまでに膨らんで、あたかもそれが事実であるかのような歴史捏造を大韓民国人に洗脳していった。とどのつまりが現在の状況だ。日本と戦争なんかしたこともないのに、戦争をしたとか。少し歴史を調べれば分かることさえ分からない、つまらない民族ですよね。併合時代に大日本帝国が朝鮮半島に何をもたらしたかを少し再考するだけで理解できるはずですが、それを認めたくない大韓民国人が抵抗しているうちは、日本と半島の友好は成り立たないですね。無能な両班思想が蔓延っているうちは、日本国としては相手にする必要は無いと考えます。私は「ひろゆき氏」の考え方に賛成します。





岩屋外務大臣の政策や発言を見ると、中国への配慮が強いように見受けられる。

  「岩屋外務大臣の政策や発言を見ると、中国への配慮が強いように見受けられる。日本の国益を最優先すべき外務大臣として、国民に不安を与えていることは否めない。このような対応が外交の責任者として適切かどうかは改めて議論されるべきである。


また、国民に危険が及ぶ可能性があるにもかかわらず、適切な警戒情報の発出が行われていないことは大きな問題である。このような対応が続けば、日本の安全保障に対する国民の不安が高まり、将来的に同様の事態が発生するリスクが高まる可能性がある。外務大臣として、国民の安全を最優先した対応が求められる。

大分県では、特に日本の国益の観点から、このような外交政策を支持する政治家が当選していることが懸念される。なぜなら、彼らの政策や発言は、国民の利益よりも中国の利益を優先しているように見受けられることがあるからだ。自民党の保守派議員からも疑問や批判の声が上がっており、その影響は大きい。

特に大分3区では、日本の国益に反するともいえる政策が支持されているのではないかと懸念されている。これは地域の政治動向や有力組織の存在が影響している可能性がある。内部分裂を助長し、日本の外交・安全保障に悪影響を及ぼすような動きがあれば、状況を注意深く見極める必要がある。歴史上、情報戦や世論操作によって国家が内部から不安定化させられた例はあるが、現代においてもこうした脅威を過小評価すべきではない。

一例として、日本国民を分裂させ、内部崩壊を画策した例は歴史上ある。例えば、昭和天皇に近いゾルゲや朝日新聞の尾崎久などがそうした活動に関与した。同様に、現代においても日本の国家統合を弱体化させることを狙った秘密工作があるかもしれない。したがって、我々は警戒を怠らず、日本の国益を守り続けなければならない。」





鼻つまみ者

 大韓民国は近年、オリンピックやW杯といった国際スポーツ大会、国際条約の履行、戦時補償問題、さらには外交の場において、たびたび他国との摩擦を引き起こしてきた。その際に見られる一貫した姿勢は、「自国に非はない」とする自己正当化と、「原因は他者にある」とする責任転嫁であり、結果として国際社会からの信頼を著しく損ね、“世界の鼻つまみ者”として扱われつつあるのが現実である。


こうした行動様式の根底には、李氏朝鮮時代から受け継がれた儒教的“両班思想”の影響が強く残っている。元来、儒教は「己に克ちて礼に復る(おのれにかちてれいにかえる)」を根本とし、謙虚さ、誠実さ、自己省察を尊ぶ教えである。自らを律し、過ちを認め、他者に対する礼を尽くすことこそが、儒者の理想とされた。

しかし、大韓民国に継承された儒教は、その本質から逸脱し、両班的な“選民意識”へと変質した。そこでは、自らを常に道徳的上位に置き、失敗や非難はすべて「格下」の他者に押し付け、責任を取らない姿勢が当然視されてきた。この歪んだ儒教理解こそが、現代の国家的振る舞いにも色濃く投影されている。

私が「世界の鼻つまみ民族」という表現を用いるのは、決して蔑視や差別を目的としたものではない。むしろ、世界からの正当な批判を頑なに受け入れようとせず、反省も対話も拒む態度にこそ問題があると考えている。これは、文化や宗教の問題というよりも、それらを都合よく解釈し、責任を回避する精神構造の問題である。

自国に不利な歴史は隠蔽し、他国には高圧的に道徳的優位を求める。そのような態度では、経済的な成長があっても、国際社会からの信頼や敬意は得られない。儒教本来の精神に立ち返り、謙虚に己を省み、誠実な対話を重んじる姿勢がなければ、「鼻つまみ者」という評価は今後も覆らないだろう。





理趣経「十七清浄句」口語体読経訳

 理趣経「十七清浄句」口語体読経訳


サンスクリット(梵語)→漢語→漢文→日本語は???どこに行ったの!

神道の「祝詞」は、聞いていてなんとなく分かるが、仏教の「読経」は何を言っているのか、さっぱり分かりません。

下記の呪文のような文言は、ざっくり言ってしまえば、「今日のお月様には笠がかぶっている」というようなイメージだ。

でも、その背景には複雑な事実が存在するわけです。それを解説するのが「僧侶」の主たる役目のような気がします。

高野山ではありませんが、比叡山のお教ではありませんが、「一隅を照らす」、という一言に付きる様な気がします。

様々な「一隅」。それぞれに、それぞれの、背景があるということだと思います。

それらを内包するのが「経」であり、単純化、簡略化した「呪文」なのではないかと思ってます。

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理趣経「十七清浄句」

妙適淸淨句是菩薩(びょうてきせいせいくしほさい)

この性の喜びも、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

慾箭淸淨句是菩薩位(よくせんせいせいくしほさい)

この欲の矢も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

觸淸淨句是菩薩位(しょくせいせいくしほさい)

この触れる感覚も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

愛縛淸淨句是菩薩位(あいはくせいせいくしほさい)

この愛着のきずなも、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

一切自在主淸淨句是菩薩位(いっせいしさいしゅせいせいくしほさい)

この一切を思いのままにする支配欲も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

見淸淨句是菩薩位(けんせいせいくしほさい)

この見る眼差しも、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

適悅淸淨句是菩薩位(てきえっせいせいくしほさい)

この心地よい満足も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

愛淸淨句是菩薩位(あいせいせいくしほさい)

この深い愛も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

慢淸淨句是菩薩位(まんせいせいくしほさい)

この誇り高ぶる心も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

莊嚴淸淨句是菩薩位(そうげんせいせいくしほさい)

この身を飾る行いも、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

意滋澤淸淨句是菩薩位(いしたくせいせいくしほさい)

この心の潤いも、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

光明淸淨句是菩薩位(こうべいせいせいくしほさい)

この輝く光も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

身樂淸淨句是菩薩位(しんらくせいせいくしほさい)

この体の快楽も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

色淸淨句是菩薩位(しょくせいせいくしほさい)

この美しい色も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

聲淸淨句是菩薩位(せいせいせいくしほさい)

この心地よい音も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

香淸淨句是菩薩位(きょうせいせいくしほさい)

この良い香りも、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

味淸淨句是菩薩位(びせいせいくしほさい)

この美味しい味も、本来は清らかで、それこそが、生きとし生けるものを救う、菩薩の境地なのだ。

理趣経が伝える**「煩悩即菩提」**という思想





「失われた30年」と日本

 「失われた30年」と日本の経済の未来:なぜ今、政策転換が必要なのか


テレビやマスコミがトランプ関税や物価上昇の不安を煽る報道は、時に過剰に見えるかもしれませんが、その背景には、私たちの生活に直結する経済問題への関心の高さがあります。しかし、歴史を振り返れば、物価は時代とともに上昇していくのが自然な流れであり、今回の関税問題もその一環と捉えることができます。

重要なのは、国内の物価と給与が連動していれば、生活実感としての「豊かさ」は維持されるという点です。例えば、アメリカと日本でビッグマックの価格と月給を比較すると、月給に占めるビッグマックの割合はほぼ同じです。これは、各国の物価水準に合わせて給与も形成されているため、自国内での消費においては、所得の絶対額が異なっても「感覚的な差は小さい」ことを示唆しています。

問題は、この均衡が国際的な視点で見ると崩れていることです。日本の給与水準は欧米に大きく劣り、円安が重なることで、日本人が海外で消費する際の購買力は著しく低下しています。これは、日本人の実質的な豊かさが国際的に見て相対的に低下していることを意味します。

「失われた30年」と呼ばれる日本の長期停滞期においても、失業率が極端に悪化しなかったことは事実です。これは、終身雇用制度や企業の雇用維持努力、非正規雇用の拡大といった日本独自の雇用慣行が大きく影響しました。しかし、この安定は、賃金の上昇抑制や経済成長の鈍化という大きな代償を伴うものでした。

この30年の停滞は、多くの識者が日本政府、特に財務省の緊縮財政と、日本銀行の金融緩和の遅れと不徹底が引き起こした「人災」であると指摘しています。デフレが深刻化する中で、需要を喚起するための財政出動が不十分であったり、逆に消費税増税といった緊縮策がとられたりしたことが、経済をさらに冷え込ませ、デフレを長期化させました。世界的な経済危機時には日本経済が比較的安定していた一方で、他国が積極的な財政・金融政策で力強く回復・成長したのに対し、日本だけが低成長に甘んじた事実は、政策の違いが経済の命運を分けたことを明確に示しています。

日本経済は、世界ランキングでは上位を維持しているものの、それは過去に築き上げた産業基盤と、企業の海外投資による収益が支えている側面が大きく、国民一人ひとりの賃金や購買力に十分に還元されていません。

現在、日本経済に賃上げの兆しが見え始めている中で、再び財務省や日銀が過去の政策の誤りを認めず、性急な財政健全化や金融引き締めを画策すれば、せっかく芽生えた回復の動きが摘み取られ、デフレ逆戻りのリスクが高まります。トランプ関税のような外部要因による物価上昇は、企業がこれを適切に価格転嫁し、その利益を賃上げに繋げることで、経済全体の好循環を生み出す原動力とすべきです。企業は値上げを恐れるべきではなく、健全なインフレと賃上げの連動を意識する必要があります。

このままでは、人口減少と相まって、日本の豊かな未来は絵に描いた餅となり、国際的な影響力も低下しかねません。私たちは、政府や日銀の経済政策を監視し、批判し、そして変革を求めていく必要があります。国民一人ひとりが経済政策に関心を持ち、声を上げることこそが、失われた豊かさを取り戻し、日本の未来を築くための鍵となるでしょう。





ピンク・レディーの黄金期を築き上げたプロデューサー、戸倉俊一氏

 ピンク・レディーの黄金期を築き上げたプロデューサー、戸倉俊一氏。彼の楽曲は確かに当時の音楽シーンを席巻し、興行的な大成功を収めました。しかし、30年、40年という時が流れた今、そのメロディがどれほど人々の心に残り続けているでしょうか? 残念ながら、当時の熱狂とは裏腹に、時を超えて歌い継がれるスタンダードナンバーと呼べる楽曲は皆無に等しいのが現状です。


時代を超越する音楽と「流行歌」の境界線を考えたとき、

矢沢永吉、山下達郎、井上陽水、吉田拓郎、ユーミン、サザンオールスターズ、竹内まりやといったアーティストたちが生み出した楽曲は、発表から数十年が経過した現在でも、全く古さを感じさせません。むしろ、聞くたびに新たな発見があり、心を揺さぶる力を持っています。彼らの音楽が時代を超えて愛され続ける理由は、彼ら自身が作詞・作曲、アレンジ、そしてセルフプロデュースを手掛け、自身の内面から湧き上がる普遍的な感情やメッセージを音として表現してきたからに他なりません。彼らの作品は、まさに**「時代を超越した音楽」**だと思います。

これに対し、戸倉氏が手掛けたピンク・レディーの楽曲は、当時の社会情勢や流行を巧みに取り入れ、キャッチーなメロディと振り付けで爆発的な人気を博しました。しかし、それはあくまで**「当時の流行歌」**の範疇を出るものではありませんでした。流行の波に乗ることで一時的な成功を収めたものの、その波が過ぎ去れば、人々の記憶からも薄れてしまう。それが、戸倉俊一の音楽が辿った道ではないでしょうか。

戸倉俊一の音楽とK-POPには共通するものがあるような気がします。奇を照らう、ということです。

現代のK-POPもまた、この**「戸倉俊一」的方程式**の上に成り立っていると私は考えます。精緻に計算されたビジュアル、最先端のサウンドプロダクション、完璧なダンスパフォーマンス。これらは確かに現代のエンターテインメントとして消費者の心をつかみ、爆発的な興行収入を生み出したかもしれません。しかし、その多くは特定のプロデューサーやチームによって綿密に企画され、作り上げられたものです。

K-POPの楽曲の多くが、まるで工場で生産される製品のように、トレンドを分析し、最大公約数的なヒットを狙って作られているように感じられます。それは、戸倉氏がピンク・レディーをプロデュースした手法と驚くほど類似しています。当時のピンク・レディーがそうであったように、K-POPもまた、その時代の最先端を走り、熱狂的なファンを生み出してたのは事実です。

しかし、30年後、40年後、果たして今のK-POPの楽曲が、山下達郎やユーミンの楽曲のように、世代を超えて歌い継がれ、人々の心に残り続けることができるでしょうか? 流行の最先端を追い求めるがゆえに、かえって普遍性から遠ざかり、消費期限の短い**「流行歌」**として歴史の中に埋もれてしまう可能性は否定できません。その傾向がすでに、日本国内での興行に現れているのも事実です。会場の半分も集客できないK-POPの現実が、ここにあるからです。。。。。





小中華を自称していた大韓民国人

 全ては日本人に対する「嫉妬」が原動力となっているのでしょう。小中華を自称していた大韓民国人ではあるが、全てにおいて日本に劣っていた現実を、併合という手段によって「あからさま」に大韓民国全土に知らしめる結果となったからだ。それまで大手を振って闊歩していた支配階級の面子は丸つぶれ、利権を失い、その恨みつらみが反日行動を起こすことで精神の安定を保っていたからだ。とにかく朝鮮民族は日本人より優秀でなければならない。という現実を無視した妄想がなくては生きていけなかったのが事実だろう。その行き過ぎた行動が、すっかり根付いてしまった現代において、世界各国から批判の対象になり「世界の鼻つまみ」とまで呼ばれるほどの「レッテル」が貼られている始末だ。その傲慢な態度は、スポーツを始めとする国際的場面や起源の主張など、根拠もない妄想が加熱し、最終的には「火病」と共に爆発する有様だ。日韓併合と日韓基本条約、それと漢江の奇跡を総括しなければ、「世界の鼻つまみ」のレッテルは剥がされることはないでしょう。ますます孤立国家へ向かうことになる。






過去の「スパイ防止法案」に反対した自民党議員(1980年代)

 選挙も今週末なので、面白い情報を掲載したいと思います。

過去の「スパイ防止法案」に反対した自民党議員(1980年代)
1980年代に国会に提出され、世論の反対で廃案となった「国家秘密法(スパイ防止法)案」に対しては、当時、自民党の若手議員の中に反対の声がありました。
村上誠一郎 衆議院議員(愛媛2区)
谷垣禎一 (当時衆議院議員)
大島理森 (当時衆議院議員)(青森)
太田誠一 (当時衆議院議員)
熊谷弘 (当時衆議院議員)
熊川次男 (当時衆議院議員)
白川勝彦 (当時衆議院議員)
杉浦正健 (当時衆議院議員)
鳩山由紀夫 (当時衆議院議員)
谷津義男 (当時衆議院議員)
石井一二 (当時参議院議員)
佐藤栄佐久 (当時参議院議員)
興味のある方は、上記の工作員、諜報員の手下を検索するのも、面白かもしれませんね。
自らを「SPY」と公言した国会議員たちです。。。。





ゾルゲ事件の真相、その衝撃

 ゾルゲ事件の真相、その衝撃

1930年代、第二次世界大戦の影が色濃くなる日本で、歴史を揺るがす大事件がひっそりと進行していた。
ゾルゲ事件。
ドイツ人ジャーナリストとして、リヒャルト・ゾルゲを中心に、日本の政界中枢にまで食い込んだソ連のスパイ網が、日本の極秘情報をソ連へ送り続けていた事件だ。
ゾルゲは、1933年に新聞記者として来日。その裏で、ソ連の諜報員として活動を開始した。彼の組織「ラムゼイ機関」には、日本を代表するジャーナリストで、近衛文麿首相のブレーンでもあった朝日新聞、尾崎秀実、アメリカ共産党員の宮城与徳、そしてドイツ人無線技師のマックス・クラウゼンらが名を連ねていた。彼らは、日本の外交、軍事、そして政治の最も機微な情報を次々と入手。特に、日本がソ連への侵攻、北進ではなく、東南アジアへの進出、南進を選んだという情報は、ソ連の独ソ戦における戦略に、多大な影響を与えたと言われている。
しかし水面下の活動にも限界が訪れた。1941年、太平洋戦争開戦直前、ゾルゲたちの活動は日本の特高警察によってついに公の知るところになった。同年9月から10月にかけて、主要メンバーを含む35人以上が次々と逮捕、事件の全貌が露呈したのだ。
日本の司法はゾルゲと尾崎に死刑を宣告。1944年11月7日、二人は処刑された。他の関係者もまた、有罪判決を受け、中には獄中で命を落とした者もいた。
改めてゾルゲ事件を振り返ると、当時の日本にとって、とてつもなく大きな衝撃を与えたことは間違いなく。国家の最高機密が、外国のスパイによって筒抜けになっていたという事実は、戦後の歴史研究においても重要なテーマであり続けている。特に、ゾルゲがソ連に送った情報が、独ソ戦の戦局を左右したとする「ゾルゲ神話」は、今なお語り継がれているからだ。
戦後、長らくその存在が忘れ去られていたゾルゲ事件だが、ソ連崩壊後に公開された機密文書などにより、事件の新たな側面が明らかになり、その歴史的意義は再評価されつつある聞く。
ゾルゲ事件は、単なるスパイ事件としてだけではなく、激動の時代を生きた人々の運命、そして国家間の情報戦の熾烈さを物語る、実に重要な出来事として記憶されている。
歴史には「IF」は存在しないが、あえて言わせてもらえば、ソ連が対峙するドイツは西側から、ドイツの同盟国であった日本は極東に位置していた地政学的脅威から、ソ連には二正面対峙する国力は無かった。日本がドイツの呼応に応じ、アジア南進から方向転換し、東西から攻撃を開始し始めていれば、戦局は180度、違った物に成ったのではないかと思っています。シベリア抑留、本質は拉致、奴隷的扱いを受ける日本人は居なかったかもしれない。
諜報活動、工作活動、これらの行動は深く静かに進行し、日本人を分断する。ゾルゲや、朝日新聞、尾崎秀実、というSPYや売国奴、私は容認することはできない。





熊との鬼ごっこは、もう終わりにしよう。

 熊との鬼ごっこは、もう終わりにしよう。

ぬるい行政への怒りや不満が、爆発しそうだ。。。
青々とした山々が連なる日本の風景は、いつだって私たちの心の故郷でした。しかし今、その美しいはずの山から、恐ろしい影が迫ってきています。ニュースを開けば、連日流れる熊の目撃情報。そして、胸を締め付けられるような、人身被害の報道。もはや、この問題は「どこか遠くの山の話」ではありません。私たちのすぐそば、日常の生活圏にまで、熊は姿を現し、命の危機に晒されている人がいる。これが、今の日本の現実だ。
私も、同僚や飲み仲間からの苛立ちや、やるせない怒りが痛いほど分かります。「丸腰の警察官や役所の人が何十人も集まって、一頭のクマと8時間も鬼ごっこをした挙句、取り逃がした」。こんな話を聞いたら、あなたは笑えますか? 私は笑えません。なぜなら、その「笑い話」の先に、また誰かの命が奪われる悲劇が実際に起きているからです。
「クマが可哀そうだから殺さないで」「共存しましょう」「データを集めてから慎重に」、そういった声があるのも理解できます。しかし、考えてみてください。私たちの社会では、愛するペットの犬がもし人を殺傷したら、病気の有無にかかわらず、社会の安全のために殺処分される現実があります。なぜ、制御できない野生の熊に対してだけ、「人の命」よりも「動物の命」を優先するかのような議論がまかり通るのでしょうか。国民の命を守るという、国の一番大切な責任が、今、果たされていないと私は感じています。
もう、綺麗事や感情論に費やす時間はありません。私は、命が脅かされているこの危機に、今、どうするのか、という問いに答えを出さなければならない時期だと考えています。
まず、「人の命が最優先される」という、揺るぎない原則を、この国の誰もが再認識すべきです。 そして、その上で、今の「笑い話」のような無責任な対応は、きっぱりと止めることです。
丸腰の人間が熊と対峙するような、危険で非効率な状況はもうたくさんです。熊が出たという一報があれば、すぐにでもライフルを扱えるプロ集団が現場に駆けつけるべきです。警察の特殊部隊でもいい。必要ならば、陸上自衛隊だっていい。何十人でも、何百人でも、短時間でその熊を確実に無力化し、安全を担保するべきなのです。取り逃がすなど、断じて許される行動ではありません。熊が一斉射撃で奥山へ逃げ帰るなら、それも良し。もし、とち狂って向かってくるなら、その場で射殺する対応も排除すべきではないと考えています。その判断は、現場のプロに委ねるべきです。動物学者が同行しても良し、専門的な知見でその判断をより的確なものにするなら、それも良しです。今の私たちに最も必要なのは、行動と決断なのです。
「里山の整備」だとか、「熊の生態調査」だとか、「住民への啓蒙活動」といった話は、もちろん重要です。しかし、それは目の前の危機が去り、私たちに安心安全が訪れてから、じっくりと取り組むべき課題で、それは次の段階の話ではないかと思っています。今、切実に求められているのは、人の命を守るための、迅速で、確実で、そして何よりも断固たる決断と行動なのです。
この熊との「鬼ごっこ」は、もう終わりにしましょう。私たちは、ただ安心して暮らしたいだけなのです。国民の生命、財産を守るという、この国の最も大切な責任を、今こそ果たしていただきたい。





青森駅で兵庫県知事・斎藤元彦氏に遭遇!

 青森駅で兵庫県知事・斎藤元彦氏に遭遇!

2025年7月23日(水)20:19の夜。青森県で初めて開催される「全国知事会議」を前に、私は青森駅構内の「ReLabo」から出てくる人物にビックリしました。午後8時19分頃、数名のスーツ姿の男性に囲まれ、一人の人物が青森駅のエントランスに現れたのです。二度見して「あっれ」って思いました。そこにいたのは、今世間で大きな話題を呼んでいる兵庫県知事、斎藤元彦氏でした。
まさか青森で、これほど話題の人物に遭遇するとは夢にも思わず、その現実に「えっれ」って思ってしまいました。私と同じく斎藤知事に気づいたらしい、眼鏡をかけた20代半ばの男性がいました。彼はためらうことなく斎藤知事の方へ進み出て、本人確認を尋ねました。すると、秘書と思われる方が斎藤知事を囲むように前に出て、対応を引き継ぎました。この時点で、斎藤知事に気づいていたのは、私と眼鏡の彼だけだったようです。
私が声をかけようとした直前、眼鏡の彼が先に斎藤知事に声をかけ、知事本人から写真撮影の許可を得ていました。私と写真を撮る中で、私が青森県むつ市出身の宮下青森県知事を親しみを込めて「宮ちゃん」と呼んでいること、そして斎藤知事と青森県知事は同じ官僚出身なんですよと補足を加えました。
駅の中央通路ということもあり、私たち以外にも高校生や一般の市民がいましたが、彼らは私たちと斎藤知事一行を遠巻きに見ながらエスカレーターへ向かっていくのが印象的でした。私は眼鏡の彼と共にその場に留まり、斎藤知事の秘書の方に写真を撮っていただきました。
貴重な体験ができた一夜となりました。
お上りさんです・・・・・





盂蘭盆万燈会

 盂蘭盆万燈会は、お盆の時期に開催される日本の伝統的な行事ですね。お盆はご先祖様が家に帰ってくるとされる期間で、万燈会は、そのご先祖様の霊を温かく迎え、また送り出すための明かりを灯す儀式です。

たくさんの灯籠や提灯が並べられた景色は、とても幻想的で美しいものです。単に美しいだけではなく、そこには深い意味が込められています。
故人を偲び、感謝を伝える。万燈会の明かりは、単なる照明ではありません。ひとつひとつの灯りには、故人やご先祖様への想いが込められています。夜空を彩る無数の光を見ていると、亡くなった大切な人たちを思い出し、感謝の気持ちや、今を生きる自分たちの姿を見てもらいたいという気持ちが湧いてきます。
生と死、そしてつながり。万燈会は、死者を供養するだけでなく、生きている私たち自身の命の尊さを再認識させてくれます。ご先祖様から受け継いだ命があるからこそ、私たちは今ここにいる。そのことを改めて感じさせてくれるのが、この万燈会ではないでしょうか。
夜の闇に浮かび上がる無数の灯りを見ていると、過去から現在、そして未来へと続く命のつながりを感じ、心が安らぐように思います。





国会のあり方について

 国会のあり方について

選挙制度が問題なんですね。そもそも論として、民主主義において、私の考えに賛同してくださいと呼びかけ票を集めることが原点だったと思っています。その代表者が集まって、国会という議論の場で物事を決めていくというSYSTEMだったと思っています。この王道の流れの中で、政党という一種の独裁的思想の集合体の台頭が本来の民主主義を歪めているような気がします。その分かりやすい言葉として、「党議拘束」なるものが、有権者から支持を受けた議員の思想を束縛するような「掟」に従わせてします現実を、どのように有権者たちは理解すべきなのでしょうか。本来、保守であった自民党は制度疲労が著しく、左翼も右翼も混在する集団になってしまいましたね。憂うべきことです。数で法案を通すSYSTEMは王道ですが、その歪みを自民党が可視化してくれました。売国や共産党員までが混在する保守政党って、笑えませんよね。。。。。私の見方としては現在の日本の民主政治における政党とは、ただの利権集団であり、独裁思想にしか見えない。政党は排除せべきだ。本来あるべき姿は、小学校、中学校での学級会のすがただ。テーマに基づいて賛成、反対を繰り返す議論の場であり、多少の思想の違いがあっても、その意見には賛成するというフレキシブルな行動様式を、有権者から票をもらった議員達に圧力をかけるべきではない。政党とは、一体何なんですか。その本質は何なんですかね。。。。政党政治をご破産にして、個人が誰でも立候補できる環境をつくり、5万円でも、10万円でも立候補できる環境を整備するべきだと思う。全国民立候補でも良いかもしれないですね。マイナンバーもあるし必要条件は揃った。総理大臣、各大臣、各候補者が実現したい公約を正々堂々と実現できる世の中になってもらいたいです。それには、何と言っても選挙制度の改正制です。公約を掲げて国会議員になった人物の集合体で、その項目を列挙して優先順位を投票する。その優先順位から、粛々と議論を始める。予算員会で、不倫や、政治資金の記載に関する問題や二重国籍は、それ専用の捜査機関を設置して任せる。国家運営に特化した国会にすることが国益だと考えています。各思想を持った議員が集まり集団を作る、これは委員会というグループで、政党の補完ができる。これに尽きる。。。。。。。






日本の雅楽、宮廷音楽について。

 日本の雅楽、宮廷音楽について。

日本の雅楽の源流となった中国の宮廷音楽は、天平文化(奈良時代)法隆寺建立時代まで遡ります。この時期は中華大陸では「唐王朝の隆盛時代」でした。年代は前後しますが、天台宗の最澄や、真言宗の空海が活躍した時代です。大いに仏教が日本に浸透した時代でもあります。そうした中で日本固有の「神道」との融合が促進された中で、日本固有の「雅楽」が誕生したのです。
現在の中華人民共和国には、日本の雅楽と直接的に同等の、一貫して継承されている宮廷音楽文化は存在しません。何故なら、簡単な例として言えば、王朝交代時に前王朝が次王朝にすべてを破壊さしてしまうという行為が文化の継承に繋がかったということです。現在の中華人民共和国も同じ様な行動をしています。「紅衛兵や北京の赤い8月、文化大革命」などを検索して貰えば、理解できると思います。
現代の中華人民共和国においても「雅楽」という概念はありますが、唐の時代の都であった西安などでは、当時の宮廷音楽や舞踊を現代的にアレンジした「仿唐樂舞(唐の音楽と舞踊の再現)」といったショーが公演されているようます。これは歴史的な研究に基づいた復元や創作であり、日本の雅楽のように千年以上に渡って中断されることなく継承されてきたものではありません。その意味で、現在の中華人民共和国には全く同等の継承文化は存在しないということです。
その他の伝統音楽として、中華人民共和国には非常に多様な伝統音楽(民謡、歌舞、戯曲、器楽など)が存在し、それぞれが独自の発展を遂げています。
他国に残る影響として、中国から伝わった宮廷音楽は、日本以外にも朝鮮半島やベトナムなどに伝えられ、それぞれの地域で独自の発展を遂げて現在も残っています。特にベトナムの雅楽(ニャニャック)はユネスコ無形文化遺産にも登録されています。
日本の雅楽は、古代中国大陸から伝わった音楽が日本独自の文化と融合し、宮中の庇護のもと継続的に伝承されてきました。これは世界的に見ても非常に稀有な存在で、1300年以上の継承と発展された貴重な音楽文化遺産なのです。
日本の、きらびやかで優雅な雅楽の文化を世界遺産にしたいですね。。。。。





中華人民共和国がレアアースを出さないというのであれば

 中華人民共和国がレアアースを出さないというのであれば、日本国も報復対応をするべきだと思います。例えば半導体関連を始めとする素材や製造機材を止めるぞという手段があるかと思います。その決断ができない現政府の中に中華人民共和国のデュープスが混じり込んでいで、その決断を阻害しているのではないかと思っています。目には目を、という格言があるように、日本国もその立場で周辺国と、お付き合いする時代なのではないでしょうか。64、天安門虐殺事件で、日本国は中華人民共和国の国際復帰の手助けをしてしまいました。当時の西側諸国から非難を受けましたよね。今は、その情けをかけた中華人民共和国から、どのような対応をされていますか。友好を唱えているのは日本国の、日中議員連盟だけですよね。この温度差は何処からくるものなのでしょうかね。つまり、日本国の日中議員連盟とは、中華人民共和国の下部組織として活動をしているとしか見えない連中だということです。尖閣諸島に毎日出てくる「海警や領空侵犯」への抑止は、全く機能せず、中華人民共和国のやりたい放題を黙認する議員連盟でしょ。客観的に見ても中華人民共和国の活動拠点の隠れ蓑化している、日本国の議員集団と見えてしまいますね。公明党は中華大陸が大好きだから、民主陣営が中華人民共和国の人権弾圧に対しても、国会決議すら賛成できないほど自由意見を抑圧するだけの影響力を自民党内に持っていました。孫子の兵法、戦わずして勝つ、この実践の作戦に取り込まれてしまった日本国の国会議員、情けなくて開いた口が塞がらないね。この様な連中のステレオタイプの発言には、うんざりですね。失われた30年も、中華人民共和国の工作員がしかけた戦略じゃないかと思ってしまいます。他国が成長率を鰻登りのように上げているにも関わらず、我が日本国の経済成長は平行線のままだった。他国が金利を下げている時、日本国は金利を上げたり、消費税を上げたりと、他国の真逆の政策を続けてきました。真逆なのだから、経済成長するはずもなく少子化だけが急激に進行してしまった。地域にもよりますが、小学校で6クラスあった時代から今では1クラスないし2クラスという学校がほとんどになってしまった。とにかく竹中平蔵的経済政策が30年続いたのだから、その真逆を30年TRYすべきなんですね。その真逆の行動を邪魔する抵抗勢力は、エビデンスをもって反論してくださいね。まずは過去の経済対策の真逆を30年やりましょう。政策の評価はその後だ。。。。。。。。






TOMちゃんが何故、「なごり雪」の合間に「Let It Be」を織り交ぜたのか。

 TOMちゃんが何故、「なごり雪」の合間に「Let It Be」を織り交ぜたのか。その理由を私なりに想像してみました。西海岸を遠く離れ、ヨーロッパへと旅立つ我が子の背中を見送る「親の心情」が投影されていたのかな、とか。「なごり雪」が描く惜別の情と、TOMちゃんの心境が重なり合った瞬間、ふと「Let It Be」の旋律が降りてきたのかな、とか。成長し、親の手を離れていく我が子を想う時、そこには誇らしさと共に、言いようのない不安や寂しさが入り混じり、その葛藤の果てに、ただ「あるがままに(Let It Be)」、子供の未来を天にゆだねるしかないという、親としての究極の祈りが込められていたように思えてしまうような空気感、とか。また「道は開ける(Let It Be)」と自らに言い聞かせ、子供の未来を祝福、案じる親として「なごり雪」を歌っていたようにも思えた、とか。。。。。。。。。本人でなければわかりませんよね。

let it be,let it be,let it be,let it be. there will be an snswer,let it be.





日本人が「虫の音」に言葉を聞き、意味を見出す一方で

 欧米人と日本人の理解は、決して交わることがありません。それは単なる文化の差ではなく、生物学的な「脳の仕組み」そのものが異なるからです。

日本人が「虫の音」に言葉を聞き、意味を見出す一方で、欧米人の耳にはそれはただの「ノイズ」としてしか響きません。右脳で捉えるか、左脳で捉えるか。この決定的な違いがある限り、いくら言葉を尽くしても平行線のままです。たとえ「理解した」と言う欧米人がいても、それは日本という環境に適応したに過ぎず、彼らの脳内では依然として虫の音はノイズとして処理されています。真の意味での「納得」は、生物学的な壁に阻まれているのです。
しかし、この埋めがたい溝の先に、微かな、しかし確かな共生の光が見え始めています。その象徴がMLBの大谷翔平選手です。野球が不毛とされるヨーロッパ大陸でさえ彼が熱狂的に受け入れられているのは、単なる記録への驚きだけではありません。ゴミを拾い、審判を敬い、常に謙虚であるという、日本人の繊細な感性から生まれる「品格」が、欧米人が理想としながらも体現できなかった人間像を映し出しているからです。
日本人が雨を400通りに呼び分けるような、脳に刻まれた繊細な感性。それが直接共有されることはなくとも、その感性が生み出す「振る舞い」や「精神性」は、人種や脳の構造を超えて他者の心を震わせることができます。
生物学的な違いを「越えられない壁」として嘆くのではなく、異なるOS(脳)を持つ者同士が、互いの美徳をリスペクトし合うこと。大谷選手が示したように、日本固有の感性が世界の普遍的な憧れへと昇華されるとき、私たちは物理的な脳の仕組みを超えた、真の共生へと踏み出すことができるはずです。





2026年2月現在、日産が放映している「リーフ」のCMに対し

2026年2月現在、日産が放映している「リーフ」のCMに対し、私は強い危機感と憤りを禁じ得ません。画面に大々的に映し出される「702km」という文字。日産はこの数値について具体的な注釈も背景も語らず、ただ数字のインパクトだけで消費者を惹きつけようとしていますが、これは極めて不誠実な、いわば「数字のトリック」による欺瞞と言わざるを得ないからです。錯覚するでしょう。702Kmと表示されれば、この車は702Km、走るんだと。
確かに最新のバッテリーを積んだ新車時であれば、その距離を走ることは可能でしょう。しかし、自動車という資産において真に問われるべきは、数年後の信頼性だ。ここで対照的なのが、トヨタ自動車の堅実な姿勢です。トヨタがEVへの全面移行を急がず、ハイブリッド車や内燃機関の熟成に重きを置く「マルチパスウェイ戦略」を貫いているのは、まさにユーザーの長期的な利益と資産価値を守るためです。内燃機関やハイブリッドの安定性は、今さら解説の必要がないほど確立されているが、それに対し、日産が推進するEVは「電池の性能」が寿命のすべてを決定づけているという点だ。
3年、5年、8年と月日が流れた際、レシプロエンジン車が依然として安定した性能を保つのに対し、劣化が避けられないEVのバッテリーは中古車市場を暴落させるほどの価値しか残りません。現に、かつてEV推進の急先鋒であったEUでさえ、現実的な課題に直面して「EV一本槍」の方針を事実上撤回しました。世界がEVの限界を悟り、トヨタが提唱してきた現実路線の正しさが証明された中で、日産だけがいまだに劣化のリスクを隠し、新車時の見せかけの数字だけで消費者を惑わし続けるような広告を流していることに違和感を感じています。
バッテリー劣化による資産価値の崩壊に目を背け、一時の誇大広告で消費者を誘う日産の姿勢は、自動車メーカーとしての誠実さを欠いていると言わざるを得ない。今、私たちが直視すべきは、「長く安心して乗り続けられる」という自動車の本質的な価値なのです。
本当に、日産は、恥ずかしくはないのか、と、問いたい。。。。。
技術の「日産」、何処へ言ったのでしょうか・・・・・・
現実を見れば、日産は昔から技術なんて、何も持ってなかったということではなかったのか。





2026年2月8日(日)、本日は衆議院選挙投票日です。

 2026年2月8日(日)、本日は衆議院選挙投票日です。

衆議院選挙と国会議員について、思うことを書き記す。
現代の日本における衆議院選挙制度、そしてそれを取り巻く政治の在り方について、私は深い憤りと消し去ることのできない疑問を抱いている。青森県には現在三つの小選挙区が割り振られ、それぞれの区から一人の代表が選出される仕組みとなっているが、この「区割り」という壁が、有権者の純粋な意志を著しく阻害している事実は否めない。同じ青森県という土壌に暮らしながら、隣の選挙区にどれほど国家の行く末を託すに足る人物がいたとしても、今の制度ではその人物に一票を投じることすら許されない。これは、民主主義の根幹である「代表を選ぶ自由」を、行政上の都合や政党の陣取り合戦という論理で縛り付けていることに他ならない。
そもそも国会議員、特に衆議院議員の最大の使命とは何であろうか。それは地元の道路を舗装したり、特定の業界に補助金を引っ張ってきたりすることではないはずだ。国家の根幹を成す「外交」と「国防」、そして国際協調に基づいた健全な「経済」の舵取りこそが、彼らが果たすべき真の職責である。憲法においても国会議員は「全日本国民の代表」と定義されている。しかし、現実の小選挙区制度は、議員を「地域の御用聞き」へと矮小化させてしまった。議員たちは次の選挙で生き残るため、国家百年の計を語るよりも先に、地元の有力者の顔色を伺い、利権の再配分に奔走する。この構造こそが、政治から高潔な理想を奪い去った元凶である。
さらに目を向けるべきは、政治家たちの凄まじいまでの「保身」と「利権」への執着だ。現在の国会を眺めていると、まるで泥棒自身が自分たちを裁く法律を作っているかのような錯覚に陥る。自分たちの財布を肥やすための政治資金のルールを自分たちで決め、不祥事が起きても身内に甘いザル法で茶を濁す。そこには国益という視点は微塵もなく、あるのはいかにして権力を維持し、利権から「金」を吸い上げるかという浅ましい計算ばかりである。他国の汚職文化を笑うことなど到底できないほど、日本の政治の中枢もまた、形を変えた腐敗に沈んでいるのではないか。
その最たる弊害が、近年の移民問題や労働政策に現れている。本来、適正な賃金を支払えない企業は市場原理によって淘汰されるべき存在である。しかし、国会議員に「鼻薬」を効かせることで、安価な労働力を外部から調達し、健全な賃上げや企業の近代化を回避しようとする歪んだ構造が温存されている。これは、特定企業の延命のために国家の未来を切り売りしているに等しい。国益を無視し、目先の人気取りと保身のために制度を私物化する政治家たちの姿は、もはや国民の代表とは呼べない。
今の日本に必要なのは、住所という物理的な境界線に縛られた「地域の利害調整者」ではない。たとえ選挙区がどこであれ、優れた国家観を持ち、外交と国防に命を懸けられる人物を、国民が直接選べる仕組みこそが、国政のあるべき姿であるはずだ。利権の鎖を断ち切り、保身に走る「泥棒」たちを排除するためには、この不自由な選挙制度の壁を問い直し、真に国益を語れる人材に光が当たる土壌を取り戻さなければならない。私たちが直面しているのは、単なる制度の不備ではなく、この国の精神的な荒廃そのものなのである。立憲民主、公明党の成れの果てを。。。見なはれ。。。。。




We Are The World

 前も話したかも知れないけど、この曲を聞くと当時のことが懐かしくて、しょうがい。懐かしさは、またの機会に取っておいて、1985年にUSAのスーパースター達が、UKの「バンド・エイド」に影響を受け、当時深刻化していたアフリカの飢餓救済のためのチャリティーSONGプロジェクトに参加して生まれた楽曲が、「We Are The World」だ。当時、私は24歳。福生から西に2つ目の駅の南口横のワンルーム住んでいた。この楽曲を聞きながら沖縄出身の原国さんと与那国島の葉っぱにくるまれた「どなん(焼酎)」を飲んでは、ヒックリがえっていた事を思い出す、曲でもあります。






吉幾三と志村けんは約30年来の盟友

 吉幾三と志村けんは約30年来の盟友であり、互いの才能を深く認め合う仲でした。志村は吉の曲を好み、吉は志村の優しさやアドリブ重視の笑いを敬愛。コントでの共演や、吉が志村のために曲(「お前とのブルース」)を作るなど、公私にわたる親交が深い関係でした。 

志村けんさんはカラオケで吉幾三の曲ばかり歌うほど、その音楽性を愛していた。

吉幾三は、志村さんを「テレビのイメージと違い、ものすごい気を使ういいお兄さん」と振り返り、肝炎で禁酒中の吉にブドウジュースを赤ワインとして提供するような優しさを持っていたと語っている。

32年前からの付き合いで、研ナオコを含めた3人でコントを披露。台本があってもアドリブで進めることを好み、その現場の空気を大事にしていた。

2020年の志村さんの訃報に対し、吉は「つらい」と出演オファーを断るほどショックを受けたが、後に追悼の思いを込めて「お前とのブルース」という曲を制作した。

「二人のブルース」

吉はその後、2021年に志村さんとの思い出を込めた楽曲「二人のブルース」を発表している。 

二人は「台本なし」の現場を共に楽しむなど、笑いと音楽の分野で深い絆で結ばれていように思います。






嘘を言ってはいけません。

 嘘を言ってはいけません。自治体の職員の佐藤さんが、自身の判断で被災地に行くことはありません。義憤を感じ休暇でも取ったのでしょうか。盛るのは止めて、もう少し現実に沿った脚本にするか、もしくは、この番組はフィクションだと言うことを明示して、動画をアップしたほうが共感が得られるのではないかと思います。この佐藤さんは、どこの自治体の人なんですか。AIで作成した、ではなく、AIによるフィクションだと言うことを明示すべきです。現実とフィクションを混在させるようなプロパガンダはやめるべきですね。混乱の元ですよ。言わんとする事には共感しますが。。。。。。。。。。





人口減少と消滅都市をめぐる私の思い

 人口減少と消滅都市をめぐる私の思い

日本では人口減少が急速に進み、消滅可能性都市や限界集落といった言葉が広く使われるようになった。これらの地域は、いずれ人が消え、自治体としての機能が維持できなくなると予測されている。しかし私は、この現象を単純に「不幸な事実とか」、「衰退」と捉えるべきではないと考えている。むしろ、人口が合理的に移動し、国土やインフラを再構築するための自然なプロセスとして理解すべきだと考えています。

まず、人が移動する根本的な理由は明確であり、人は現代社会において、お金がなければ生きていけない。だからこそ、できれば多くの仕事あり、また、より高い賃金があり、より便利で豊かな生活を求めて移動する。かつて炭鉱村は繁栄し、その後、衰退し消滅したのも、石炭産業が衰退し、企業が従業員に賃金を払えなくなったからだ。仕事がなくなれば、人は生活のために別の地域へ移る。これは自然な行動であり、責めるべきものではない。

同じことが現在の地方でも起きている。最低賃金の地域差は、地方の労働者にとって不利に働き、都市への人口流出を加速させる。私は、少なくても最低賃金を全国一律にするべきだと考えている。そうすれば、地方で働くことの金銭的デメリットが少し減る。もちろん、最低賃金を払えない企業は退場する。しかし、それは市場原理として当然のことであり、無理に延命させる必要はない。その代わりが現れない地域は、市場が必要としていないというだけの話ではあるが、大都市における賃金は、より高騰することに成る。弾かれた人達は炭鉱村の人々と同じ行動を「なぞる」ことに成る。

企業が退場し、人口が減り、地域が維持できなくなると、やがて自治体は消滅する。しかし、これもまた自然な流れである。人が徐々に減り、生活インフラが維持できなくなり、最後に地域が消える。このプロセスは、かつての炭鉱村と同じであり、決して突然消滅するものではない。むしろ、人口が合理的に集まることで、国全体のインフラ効率は高まり、経済的メリットが生まれる。

人口が広く薄く分散している状態では、道路、水道、電気、病院、学校などのインフラ維持コストが膨大になる。逆に、人口が一定の地域に集まれば、インフラを集中投資でき、維持コストは大幅に下がる。これは国家にとって大きな利益であり、街にとっても地方にとっても合理的な結果である。

さらに、消滅都市が増えることは、国土の再構築を進めやすくするという重要な側面がある。人口が減り、土地が空けば、再開発や土地利用の再設計が容易になる。老朽化したインフラを無理に維持する必要もなくなる。これは、国土を次の時代に合わせて作り直すための大きなチャンスである。

アメリカを見れば、広大な無人地帯を州や連邦政府が管理している。日本も「できない」ではなく、「やる」べきだ。人口が減るなら、国土管理の仕組みを変えればよい。無人地帯が生まれることを前提に、国有地化や自治体の統廃合、インフラの選択と集中を進めれば、日本でも十分に管理できる。時間がかかっても、国家が責任を持ってやるべきことである。

私は、消滅都市の増加を悲観的に捉える必要はないと考える。人口が合理的に移動し、維持できない地域が自然に消えていくことは、国土の再構築を進めるための前向きなプロセスである。人口集中は経済効率を高め、インフラの再設計を容易にし、国家全体の生産性を押し上げる。消滅は終わりではなく、次の時代に向けた再設計の始まりでもある。

しかしながら、住み慣れた土地を離れ新たな環境への思いは、人それぞれだ。希望や不安、それを乗り越える勇気と覚悟を、後ろから支えるシステムもまた重要だということを記しておきたい。

次回は、東京都が「ごねている」地方交付税について考えてみたいと思います。






200年後の未来、世界を彩る「日本語の解像度」

 200年後の未来、世界を彩る「日本語の解像度」

世界共通語である英語、「I」という文字は、「自分自身」を表現する言葉であり、文字ですね。ふと、思った疑問です。日本語には、「私」を表現する言葉、一人称が数多くあります。その言葉で、その人の背景が薄っすらと読み取れたりします。それに対し、「I」は文章を読み進めていかなくては、その「I」がどの様な人なのか分からないということです。(文字づら)。

2026年現在、私たちの住む世界は急速に縮まっています。都市間の移動は高速化し、デジタル通信は一瞬で国境を越えます。効率とスピードが優先されるこの時代、多くの人は「言語の壁も、やがて消え、合理的なデバイスによって解決される」と考えています。

しかし、私は全く違った未来を見ています。AI技術が発展し、情報の伝達が極限まで効率化された先に待っているのは、効率の追求ではなく、「個人の感情をいかに豊かに、精密に表現するか」という、人の感情表現への回帰です。そしてその時、世界で最も必要とされるのは、私たちの母国語である「日本語」ではないでしょうか。

英語の「I」と、日本語の一人称が背景を背負う「ストーリー」です。英語圏では、3歳の子供も、70歳の老若男女も、自分を指す言葉は等しく「I」です。これは極めて合理的で平等な記号です。しかし、そこには「その人がどのような人生を歩んできたか」という背景は刻まれていません。

日本語の一人称はどうでしょうか。

私たちは、相手や場、そして自分の歩んできた道に応じて、自分を「私(わたくし、わたし)」「僕」「俺」「わし」「自分」と呼び分けます。上流階級の気品、底辺から成り上がった野心、幼い無垢さ、あるいは長年積み重ねた経験。一人称を選んだその瞬間に、話し手の背負ってきた「履歴」や「ストーリー」が、言葉の響きとなって相手に伝わるのです。

「I」という一本の線では描ききれない個人の立体的な姿を、日本語はたった一言で、それもフルカラーの情景として描き出すことができる特殊な言語でも有るのです。

例えば、雪の表現にみる「心の解像度」として。新沼賢治さんが歌った「津軽恋女」、津軽衆の人なら誰でも知っている「太宰修の津軽の一節」、こな雪、つぶ雪、わた雪、ざらめ雪、みず雪、かた雪、春待つ氷雪、と雪の表現をしている。日本語には、その質感や降り方に応じて、粉雪、細雪、牡丹雪といった、数え切れないほどの表現があるのです。その雪を見る日本人が抱いた「切なさ」や「静寂と豪胆」といった、言葉では難しい機微を、指先で触れるかのように繊細に定義しているのです。

今後、世界文明が100年、200年と進み、人々が物質的な豊かさを手に入れた時、世界の人々が次に渇望するのは、「自分の、この複雑な感情に馴染んだ表現の言葉をつけたい」という欲求です。自国語の表現の限界にストレスを感じた世界の人々にとって、日本語は、自分の心を解き放つための最高の「宝箱」となるはずです。ダンジョンに冒険者としてTRYしてください。

AIが発展すればするほど、効率的な情報のやり取りは機械に任せればよくなります。だからこそ、人間は「自分だけの感情」や「自分だけの背景」を、より深く探り、言葉として納得したいのです。

日本語はもはや日本という国だけの言葉ではありません。世界中の人々が、自分の心の解像度を上げるために、日本語の語彙を借り、日本語の一人称をまとう。そんな未来がやってくることを、私は確信しています。

日本語の持つ複雑さと繊細さは、不便なものではなく、人類の感情を豊かに彩るための「最後の希望」なのです。日本語が、世界中の人々の心を救い、表現の自由を広げる未来。私は、そんな美しい200年後の世界を、強く願っています。

「愛の予感」、感情が込められたこの言葉、同音の言葉は世界中どこにもありません。

次回は、会津、中野竹子

について私見を考察してみたいと思います。







春の叙勲の季節に思うこと

 春の叙勲の季節に思うこと

足るを知り、身を引くという矜持

大人の事情という聞き慣れた言葉、それを払拭し、真の品格を問う

「この公約をやらせてほしい」と頭を下げた、あの日の原点。

選挙に立候補する人は、皆、必死に頭を下げます。「私にやらせてください、応援してください」と。誰に頼まれたわけでもなく、自ら志願して「公のために尽くしたい」と手を挙げて政治の世界へ入っていく。

ところが当選回数が増え、有る年齢に達した頃、議員を終える日が目の前に現実として現れた時、当たり前のように叙勲の話が出てくる。それが「慣例」なのが、国会議員の世界だ。

おかしな話です。自分のやりたいことをやらせてもらい、志が達成された。本来なら「やらせていただいて、ありがとうございました」と感謝すべき立場なはずです。自分の願いが叶った上に、何故、さらに国からの「褒美」の対象に成るのか。私には理解できません。貴方の活動が国益を豊かにしたという事実を、国が引退に当たり感謝の気持ちでの叙勲という話なのでしょう。でも、この様な人物が過去に何人いましたか、という話です。

私は全く記憶にはないですね。知っている人が居たら、箇条書きのリストで教えてもらいたいです。

また、私は全く違った意見を持ってます。国会議員への叙勲は不必要だと考えています。なぜなら、冒頭にも掲げた文章に尽きるからです。議員の立候補、私にこの公約をやらせてください。この言葉に尽きると思っています。公僕です。公僕に叙勲は必要ありません。民間で国益に寄与した人物や団体への叙勲がより国益に合致すると考えているからです。国を豊かにするのは、結局はGDPを稼げる人々だからです。国が直接、利益を出せますか。国民を豊かにできますか。岸田、石破、この二人は無能でした。日本国民を豊かにすることは出来ませんでした。その最中でも、日本国民を食わせてきたのは、民間企業でした。批判は有りました。傷を負いました。血も流しました。GDPのランクを落としながらも、それでも国民を食わしてきました。

この様な世の中に「大人の事情」という特異な言葉がありました。私はこの言葉に強い嫌悪感を覚えます。「大人の事情」、それは曲解を恐れずに言えば、責任の所在を曖昧にし、裏で利害を調整する「賄賂的な響き」を持った言葉だからです。今の日本の政治や社会が抱える醜悪さの根本は、すべてこの言葉の中に隠されているのではないかと思っています。

筋の通らないことを「仕方ない」で済ませ、正論を「大人の事情」で封じ込める。これは、現金が動く汚職よりもさらに根の深い、日本人の「精神的な腐敗」だと思っています。この様な煙に撒くような言葉を免罪符にして、私たちは「恥を知る心」をどこかに置き忘れてきてしまったのではないかと思っています。

遠い先祖から受け継いできた「日本的文化思想」、例えば、外国のお客さまに最高のサービスをして、チップを差し出された時、私たち日本人の100%は、当たり前のように、しかも丁重にお断りします。「自分の職務を全うしただけですから」と言うのです。

この「職責を果たすこと自体が報酬である」という純粋な誠実さと、政治家が「大人の事情」を盾に勲章を受け取る姿との間には、越えられない断絶があります。自ら望んで就いた職務であればなおさら、追加の名誉を求めるのは、自分の「志」が最初から純粋ではなかったと告白しているようなものです。

真に大きな仕事を成し遂げた人物は、自分の成功を吹聴しません。そんなことをするのは、小物が大物を装おうとする時だけです。

「私がやりたいことを、皆のおかげで成就させていただいた」。その謙虚な満足感があれば、勲章などという「個人の飾り」はむしろ邪魔なはずです。

日本民族が古くから持っていた「功成り名遂げて身退く(老子)」という矜持。自分の役割を終えたなら、執着せず、「大人の事情」に妥協せず、静かに去る。その引き際の潔さにこそ、その人の「お里」が現れるというものです。

もし、私にそのような勲章の打診があったなら、私は即座に、固辞いたします。「やりたかったことを精一杯やらせてもらった」という満足感。そして、それを支えてくれた人々への深い感謝。この二つがあれば、私の心はもう十分に満たされています。そこに「大人の事情」が入り込む隙間などありません。

目に見える勲章よりも、次世代に何を残せたか。「大人の事情」という名の不透明な妥協を排し、支えへくれた人達への感謝を胸に、潔く去っていく。

そんな「無私の精神」こそが、今の日本が、そして私たち一人ひとりが取り戻すべき「日本人としての本当の誇り」であると確信しています。