【産経抄】2018-11-18(日)
教授の元に教え子から便りが届いた。「先生 お元気ですか/我が家の姉もそろそろ色づいてまいりました」。艶っぽい話である。いや、そうではないらしい。〈手紙を受けとった教授は/柿の書き間違いと気づくまで何秒くらいかかったか〉。
▼茨木のり子さんの詩『笑う能力』の書き出しを引いた。ああ「柿」と書きたかったのね-。教え子の思いを推し量り、口元に笑みを含んだ人も多いだろう。誰もが覚えている赤っ恥の苦みを重ね合わせることで、色づく「姉」は無事に笑いの種となったわけである。
▼「はかる」の読みを持つ漢字は、思いつくだけでも「計、測、量、図、謀、諮」がある。尺の長短、目方の軽重、人さまの胸の内。何かをはかる行為の多くは、目分量や当て推量で何とでもなる。目盛り代わりとなるのは、これまで積み重ねた経験にほかならない。
▼このニュースがピンとこないのは、目分量派の悲しさかもしれない。質量の基準とされた「国際キログラム原器」という重りが、来年5月でお役御免になるという。日本の先端技術を活用した精密な計測によって、「キログラム」が今よりも厳密に定義し直される。
▼微細な物質を扱う創薬などの分野には朗報らしい。「おおよそ」を許さぬ領域があるのは当然として、1億分の1単位の誤差が命取りになるほど、世界が繊細な作りになっていることに驚く。「耳かき一杯」「塩少々」に慣れた身には、一抹の寂しさがなくもない。
▼ところで『悪魔の辞典』から一文を引いた11日付の拙稿で、「巧妙」とすべきものを「功妙」と誤った。初歩的な書き損じは汗顔の至りで、読者諸賢には小欄の胸中をお察し願いたい。色づく「姉」の後では、冷笑すら買えそうにない不手際である。