2018年11月10日土曜日

【産経抄】2018-11-10

【産経抄】2018-11-10


 「最終的には国民が判断することで、今の状況は国会の怠慢」。日本維新の会の馬場伸幸幹事長は6日の記者会見で、今国会でまだ一度も開催されずにいる衆参両院の憲法審査会について嘆いた。立憲民主党などは、開催に応じない理由をいろいろと並べているが、要はさぼりである。

 ▼3、4年も前に、一部野党がこんなことを言い出した。「安倍晋三首相が首相である間は、憲法改正の議論はしたくない」(当時の岡田克也・民主党代表)。その奇天烈(きてれつ)な論理を立民党は墨守していて、国民にとってはいい迷惑でしかない。

 ▼憲法は改正条項(96条)を備えており、社会の必要や時代の要請に応じた改正を前提としている。改正の是非を問う国民投票に参加するのは国民固有の権利であるにもかかわらず、それを国会が阻害しているのが現状である。

 ▼与党である公明党からも「改憲は切迫した問題じゃないし、票にもならない」(幹部)との声が漏れ聞こえる。米国製の現行憲法が施行されて70年以上がたって、初めて国民投票の権利を行使できるかもしれないという国民の期待を、あまりに軽く見ている。

 ▼「国会の役割は、改正項目を議論して発議し、国民が最終判断する材料を提供することだ」。この馬場氏の記者会見での言葉も、もっともである。「なぜ今なのか」「機は熟していない」といった消極的意見も飛び交うが、それは「やりたくない」を言い換えただけだろう。

 ▼「9条改正に関して、自衛隊の存在を明記することで国論が収斂(しゅうれん)しつつある」。小紙の社説に当たる「主張」欄が、国際情勢の緊迫化を受けてこう書いたのは、平成16年11月だった。それから14年の星霜を経た今日の国会の不作為は、もはや怠慢の域を越えている。