【産経抄】2018-11-11
仕事柄、金がもたらす不和を数多く見てきた。幸いにも、友人知己との間で大きな金を貸し借りしたことはないが、明日はわが身と備えるに越したことはない。心の構えようとしては、作家の菊池寛が参考になる。
▼地位のある人ゆえに、もっぱら貸す側だったらしい。「貸した以上、払って貰(もら)うことを考えたことはない」と『私の日常道徳』に書き留めている。貸すか貸さないかは相手との親疎で決めた。貸すにしても、相手に応じた金額を胸の内で前もって定めていたという。
▼「この人のためにはこのくらい出しても惜しくないと思う金額だけしか貸さない」と。担保を取らない代わりに、人品を値踏みして額を決める。裏で査定されていた事実を借り手が知ったなら、頭をかいたろう。幸運だったのは、菊池に底意がなかったことである。
▼国と国の貸し借りはそうもいかない。中国の巨大経済圏構想「一帯一路」は、借り手が底意に気づき始めたらしい。マレーシアなどが関連事業の中断や縮小に傾いている。債務返済に窮したスリランカが拠点の港を中国に租借された例もある。身構えて当然だろう。
▼ペンス米副大統領はいみじくも「借金漬け外交」と中国をなじった。米国は次のアジア太平洋経済協力会議(APEC)で、インド太平洋諸国への支援策を出すという。一帯一路への協力を約束した日本は、再考のしどころである。組む相手を間違えてはいけない。
▼植民地政策の盛んな頃に編まれた『悪魔の辞典』に〈【借金】奴隷を監督する者が用いる鎖と鞭(むち)の代りをなす、功妙に工夫された代用品〉とある。100年以上も後の世でなお通じるとは、作者のA・ビアスも思っていなかったろう。日本が片棒を担がされるのはごめんこうむる。