【産経抄】2018-11-05
「先祖の話ができる人はうらやましい」と先月のコラムで書いた。突然の訃報が届いた江波杏子さんもその一人である。江戸・千駄ケ谷の植木屋平五郎は、新選組の沖田総司をかくまい、最期をみとった人物として、新選組ファンによく知られている。江波さんはその玄孫(やしゃご)にあたる。
▼往年の映画ファンにとって江波さんは、何と言っても賭博のつぼ振り師・昇り竜のお銀であろう。昭和41年公開の「女の賭場」は、若尾文子さんが主演するはずだった。自宅の浴室でころんでケガをした若尾さんの代役で起用されたのが、江波さんである。
▼たちまち大映のドル箱映画となり、5年間でシリーズ作品が17本も製作される。スターの座を約束された江波さんだが、大映の倒産によって行き場を失ってしまう。テレビや舞台から出演依頼はあっても、女賭博師と同じような役柄ばかり。江波さんは1年間の休業を経て、映画「津軽じょんがら節」で女優復帰を果たす。各映画賞に輝き、任侠(にんきょう)路線からの脱皮に成功した。
▼2度目の転機は36歳のとき。舞台で骨折して、またも1年間仕事から離れた。江波さんはこれを機に、毛皮や宝石を手放し化粧もハイヒールを履くのもやめた。後の言葉でいう断捨離を果たし、目の前の仕事に集中してきた。76歳で亡くなる数日前にも、ラジオドラマの収録に参加している。
▼趣味は読書だった。好きな作家は、渋沢龍彦、開高健、カポーティ…。知らない作家の名前が出てきて、ベテランの記者がまごつくインタビュー記事もあった。「いい本には、書店に入って歩いて一巡するうちに瞬間的に『これだ』という具合に出合う」と語っている。
▼折しも読書週間である。出版界と書店の頼もしい味方でもあった。