【産経抄】2018-11-16
東京都文京区にある故鳩山一郎元首相の邸宅は現在、「鳩山会館」として一般公開されている。庭園の一角には、ソ連との国交回復を実現した一郎氏の銅像が立っている。平成19年2月にロシアのフラトコフ首相が来日した際に、ロシア側から贈られたものだ。
▼朝日新聞によると、後にやはり首相となる孫の由紀夫氏は、贈呈式で北方領土問題についてこう口走った。「四島一括返還では千年たっても還(かえ)らない」。2島返還で幕を下ろしたいプーチン政権の思惑通りとなる、軽率な発言だった。
▼確かに昭和31(1956)年10月に、一郎氏とソ連のブルガーニン首相がモスクワで調印した日ソ共同宣言は、歯舞(はぼまい)と色丹(しこたん)2島の返還だけをうたっている。当時の日本が置かれていた状況を考えれば、やむを得ない面もあった。
▼国連に加盟するためにはソ連の同意が不可欠だった。何より、シベリアではまだ2千人近い日本人が強制労働に従事していた。一郎氏にとって、抑留者を帰還させるための苦渋の決断だった。もっとも、宣言に明記されなかったとはいえ日ソ両国は、国後(くなしり)と択捉(えとろふ)についても協議を継続することでは一致していた。
▼安倍晋三首相が、シンガポールでプーチン大統領と会談し、平和条約交渉を加速することで合意した。日ソ共同宣言を基礎とするにしても、日本側が「2島先行」を安易に受け入れれば、国後と択捉は永久に還ってこない。同時にシベリア抑留についても、交渉のテーブルにのせるべきだろう。
▼スターリンの命令によってソ連は、約60万人の日本の軍人、民間人を不法に連れ去り、約6万人の命を奪った。この暴挙に対してロシアが公式な謝罪を拒否したままでは、平和条約締結はとうてい受け入れられない。