2026-04-23(木)
本日放送のケンミンショーの「ワニ」について思うこと 。
「伝統」を「欺瞞」にしないために —— 情報の正確性が担保する地域の信頼
今日は「ケンミンショー」で取り上げられた「ワニ」について、思うことを話したいと思いす。「地域の伝統と現代社会の共存」について、一つの具体的な例を挙げながら私なりの考えを話したいと思います。
関西の一部、あるいは山間部の地域において、サメの肉を「ワニ」と呼んで販売する文化があります。これは冷蔵技術がなかった時代、アンモニア分を多く含み腐りにくいサメが、山地における貴重な「海の魚」として重宝されたという、合理的で興味深い歴史的背景があります。
しかし、私はここで敢えて問います。現代において、何の注釈もなく「サメ」を「ワニ」として提供する行為は、果たして「伝統」という言葉だけで許されるのか、ということです。。
私は、これは明確な「間違い」であり、厳しい言葉を使えば「欺瞞」、あるいは「詐欺的行為」であると考えます。
なぜか。理由は3つあります。
第1に、「村社会の理屈」の押し付けです。
かつてのように情報が閉ざされた時代なら、その地域の「常識」で済みました。しかし、今はインバウンドを含め、世界中から人が集まる時代です。生物学的に全く異なる「サメ」を、何の説明もなく「ワニ」として売ることは、相手を誤認させる不誠実な行為だと考えるからです。
第2に、「安全への配慮」の欠如です。これは単なる呼び名の問題ではありません。命に関わる問題です。魚類であるサメにアレルギーを持つ人が、「爬虫類のワニなら大丈夫だ」と信じて口にしたらどうなるでしょうか。万が一、アナフィラキシーショックなどの重大な事故が起きた時、「伝統だから」という言い訳は通用しません。それは明確な「過失」であり、犯罪にもなり得るからです。
第3に、「国際的な信頼」への影響です。メキシコをはじめ、オーストラリアやアセン諸国では、本物のワニ肉を食文化として持つ国の人々が日本を訪れた際、この事実を知ったらどう思うでしょうか。「日本は看板と中身が違うものを平気で売る国なのか」と、日本の食のブランドそのものを傷つけることになりかねないからです。。
解決策は驚くほど「単純なこと」です。提供する際に、あるいはメニューの隅に、「これはサメですが、この地域では伝統的にワニと呼んでいます」と一言添えるだけで良いのです。そのわずか数秒の手間、数文字の注釈があるか無いかが、信頼と欺瞞の境界線なのだと思います。
伝統を尊重することと、事実を正確に伝えることは決して対立しません。むしろ、正確な情報を開示してこそ、その伝統は初めて「外の人」にも理解され、尊敬される文化へと昇華されると信じているからです。
正確な情報こそが信頼の基盤です。私たちは、自分たちの「当たり前」を疑い、常に受け手の視点に立った誠実なコミュニケーションを心がけるべきではないでしょうか。事実を事実として伝える。その当たり前の誠実さこそが、今の日本に最も求められていることだと思っています。