人口減少と消滅都市をめぐる私の思い
日本では人口減少が急速に進み、消滅可能性都市や限界集落といった言葉が広く使われるようになった。これらの地域は、いずれ人が消え、自治体としての機能が維持できなくなると予測されている。しかし私は、この現象を単純に「不幸な事実とか」、「衰退」と捉えるべきではないと考えている。むしろ、人口が合理的に移動し、国土やインフラを再構築するための自然なプロセスとして理解すべきだと考えています。
まず、人が移動する根本的な理由は明確であり、人は現代社会において、お金がなければ生きていけない。だからこそ、できれば多くの仕事あり、また、より高い賃金があり、より便利で豊かな生活を求めて移動する。かつて炭鉱村は繁栄し、その後、衰退し消滅したのも、石炭産業が衰退し、企業が従業員に賃金を払えなくなったからだ。仕事がなくなれば、人は生活のために別の地域へ移る。これは自然な行動であり、責めるべきものではない。
同じことが現在の地方でも起きている。最低賃金の地域差は、地方の労働者にとって不利に働き、都市への人口流出を加速させる。私は、少なくても最低賃金を全国一律にするべきだと考えている。そうすれば、地方で働くことの金銭的デメリットが少し減る。もちろん、最低賃金を払えない企業は退場する。しかし、それは市場原理として当然のことであり、無理に延命させる必要はない。その代わりが現れない地域は、市場が必要としていないというだけの話ではあるが、大都市における賃金は、より高騰することに成る。弾かれた人達は炭鉱村の人々と同じ行動を「なぞる」ことに成る。
企業が退場し、人口が減り、地域が維持できなくなると、やがて自治体は消滅する。しかし、これもまた自然な流れである。人が徐々に減り、生活インフラが維持できなくなり、最後に地域が消える。このプロセスは、かつての炭鉱村と同じであり、決して突然消滅するものではない。むしろ、人口が合理的に集まることで、国全体のインフラ効率は高まり、経済的メリットが生まれる。
人口が広く薄く分散している状態では、道路、水道、電気、病院、学校などのインフラ維持コストが膨大になる。逆に、人口が一定の地域に集まれば、インフラを集中投資でき、維持コストは大幅に下がる。これは国家にとって大きな利益であり、街にとっても地方にとっても合理的な結果である。
さらに、消滅都市が増えることは、国土の再構築を進めやすくするという重要な側面がある。人口が減り、土地が空けば、再開発や土地利用の再設計が容易になる。老朽化したインフラを無理に維持する必要もなくなる。これは、国土を次の時代に合わせて作り直すための大きなチャンスである。
アメリカを見れば、広大な無人地帯を州や連邦政府が管理している。日本も「できない」ではなく、「やる」べきだ。人口が減るなら、国土管理の仕組みを変えればよい。無人地帯が生まれることを前提に、国有地化や自治体の統廃合、インフラの選択と集中を進めれば、日本でも十分に管理できる。時間がかかっても、国家が責任を持ってやるべきことである。
私は、消滅都市の増加を悲観的に捉える必要はないと考える。人口が合理的に移動し、維持できない地域が自然に消えていくことは、国土の再構築を進めるための前向きなプロセスである。人口集中は経済効率を高め、インフラの再設計を容易にし、国家全体の生産性を押し上げる。消滅は終わりではなく、次の時代に向けた再設計の始まりでもある。
しかしながら、住み慣れた土地を離れ新たな環境への思いは、人それぞれだ。希望や不安、それを乗り越える勇気と覚悟を、後ろから支えるシステムもまた重要だということを記しておきたい。
次回は、東京都が「ごねている」地方交付税について考えてみたいと思います。