【産経抄】2018-12-15
ロンドン特派員時代、北アイルランドに出張すると近所の住民に伝えるたびに、真顔で心配してくれたものだ。「あんな危ない所へ行って大丈夫?」。
▼1937年にアイルランドが英国から独立した際、北部の6州は英国に残留した。住民は英国に忠誠を尽くすプロテスタント勢力と、アイルランド統一を望むカトリック勢力に分かれている。両宗派の対立は60年代後半に武力闘争に発展し、3600人を超える死者が出た。
▼和平合意が実現したのは、20年前である。合意には、英領北アイルランドとアイルランドとの国境管理の撤廃が含まれていた。英国の欧州連合(EU)からの離脱をめぐり、最大の障害になっているのが、実はこの国境の問題である。
▼離脱が実現すれば、EU加盟国であるアイルランドとの行き来が、これまでのように自由にできなくなる。カトリック勢力が納得できるわけがない。かといって、EU側が示した北アイルランドだけをEUの関税同盟に残す案は、英国の分断につながると、プロテスタント勢力が断固反対する。
▼困り果てたメイ首相は、国境問題が解決するまで、英国全体がEUの関税同盟にとどまる折衷案をまとめた。これが与党保守党の強硬離脱派の反発を招き、党首としての信任投票に追い込まれた。なんとか切り抜けたものの、いばらの道は変わらない。
▼北アイルランドには、今も両宗派の住民を隔てる壁が残る。和平合意の結果設立された自治政府も、昨年1月に崩壊した。EU離脱問題の混迷は、悪夢のような流血の記憶を呼び覚ます。2年前の国民投票の結果は僅差だった。もう一度やり直せれば…これが多くの国民の本音ではないか。もともと残留支持だったメイ氏もその一人だろう。