2018年12月8日土曜日

【産経抄】2018-12-08

【産経抄】2018-12-08

 7日付小紙正論欄で、東大名誉教授の平川祐弘(すけひろ)さんが回想していた。「日本が米英と西太平洋で交戦状態にはいったその日から戦争は『大東亜戦争』と呼ばれ、敗戦後は『太平洋戦争』となった」。平川さんは、「あくまで連合国側の立場に立って正邪の判断を下すべきなのか」と問いかけている。

 ▼77年前のきょう12月8日、日本は米ハワイ・オアフ島の真珠湾を攻撃する。日本の敗戦を経て4年後のこの日から、連合国軍総司令部(GHQ)は全国の新聞に日本軍の暴虐を描く連載記事「太平洋戦争史」(GHQ民間情報教育局提供)を掲載させた。

 ▼明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次さんの著書『抹殺された大東亜戦争』によると、「占領下の日本に、『太平洋戦争』といふ耳慣れぬ用語が導入されたのは、恐らく昭和二十年十二月八日を以(もっ)て嚆矢(こうし)とする」。GHQが意図的に普及させたのである。

 ▼一方でGHQは、閣議決定された正式名称である大東亜戦争は徹底的に検閲し、抹殺する。「前後関係全くお構ひなしに片端から」(同書)太平洋戦争へと書き直しさせた。大東亜解放のための義戦という側面を隠し、GHQ製の歴史観一色に日本を染め上げようとしたのだろう。

 ▼GHQの諮問機関メンバーとして来日したヘレン・ミアーズは1948(昭和23)年の著書『アメリカの鏡・日本』で、こう率直に記している。「私たち自身が日本の歴史を歪曲(わいきょく)してきた」。同書は占領下の日本では出版を禁止されていた。

 ▼GHQによるマインドコントロールの影響はまだ根強いが、大東亜戦争という名称も以前ほどタブーではなくなってきた。米国が太平洋戦争と呼ぶのは別にいいが、日本が今さらそれにとらわれ続ける必要はなかろう。