2018年12月12日水曜日

【産経抄】2018-12-12

【産経抄】2018-12-12

 「現金3億円、輸送車ごと奪われる」「白バイ装い待ち伏せ」「ギャング映画ばり」。昭和43(1968)年12月10日の小紙夕刊は、こんな見出しで、3億円事件の発生を伝えた。以来、各紙の社会面は前代未聞の強盗事件の報道一色となる。

 ▼もっとも、はるか海の向こうスウェーデンの首都ストックホルムは、祝賀ムード一色に染まっていた。ノーベル賞の授賞式が開かれ、日本人として初めて文学賞を受賞した川端康成氏らが、国王から金メダルを授与されていた。周囲の燕尾(えんび)服のなかで、白髪で羽織袴(はかま)姿の川端氏は、注目の的だった。

 ▼商家に生まれた作家の竹西寛子さんによると、戦前の年賀の男客といえば、紋付きの羽織袴姿が普通だった。「幼い頃の私は…男客の、線の崩れていない袴姿にひかれた。ながめて気持がよい、こちらの背筋までどんと叩(たた)かれるような感じがあった」。「羽織袴」と題した随筆に記している。

 ▼今年の医学・生理学賞に輝いた本庶佑(ほんじょ・たすく)・京都大特別教授(76)も、50年ぶりに妻の滋子さんとともに和装で授賞式に臨んだ。本庶さんも長年、着物に親しんできたようだ。5年前の文化勲章親授式にも、地元京都で黒紋付き羽織袴をあつらえて臨んでいる。

 ▼本庶さんの流暢(りゅうちょう)な英語に加えてユーモアをたっぷり含んだスピーチも、現地で大好評だった。あえて晴れの舞台で、堂々とした和服姿を披露した理由について、「日本で研究してきた心構え」と語っている。

 ▼川端氏は、胸前(むなさき)に文化勲章を下げていた。有名なノーベル賞の記念講演「美しい日本の私」の内容を、装いでも表現していた。26年後にノーベル文学賞を受賞した大江健三郎氏は、文化勲章を辞退している。今でも了見がまったく理解できない。