【産経抄】2018-12-09(日)
203連勝で引退した柔道家、山下泰裕氏の最後の試合は、主審も陰の主役だった。斉藤仁氏と争った昭和60年の全日本選手権決勝である。中盤、強引に技を掛ける山下に、斉藤は返し技の投げで応じた。両者は崩れ落ち、山下の背中が畳を打つ。
▼主審の手は上がらない。山下が自分で倒れた、との判断だった。主審は東京五輪無差別級銀メダルの神永昭夫氏である。後に「やはり斉藤だったか」と漏らしたという。技を認めるべきだったか、と。神永氏を悩ませたのは、競技者の生死を預かる審判の業(ごう)だろう。
▼選手に最も近い特等席にいながら、最も難しい判断を迫られる。ときに一つの判定で勝者が英雄にもなり、敗者がただの人にもなる。生殺与奪の権を握るがゆえに、審判は常に正しさを求められ、地位は権威の象徴となり、こと柔道界では判定が絶対視されてきた。
▼その審判が誤審により処分されたという。10月に行われた学生柔道の全国大会で、試合を裁いた主審ら4人が、比較的見極めやすい寝技を看過した。「技量不足による重大な誤審」として、全日本柔道連盟が全員を資格停止とし、主審を降格したのはやむを得まい。
▼映像機器の精度が高まり、審判は受難の時代にいる。とはいえ事あるごとに「詳しくは映像を」では白熱の勝負も冷める。頼れぬ権威から退場などの罰を科されたとして、誰が従おうか。正確な判定と威厳は紙の裏表だろう。ここは審判の目に奮起を促すほかない。
▼山下-斉藤戦の残された映像を見て驚く。山下の背中が畳を打つより早く、斉藤の手が山下の襟を放していた。神永氏には見えていたのだろう。あの一戦が「名勝負」として語り継がれている事実が、判定の正しさを裏付ける何よりの証拠である。