第17回
「平氏の棟梁(とうりょう)」
平忠盛(中井貴一)がこの世を去り、清盛(松山ケンイチ)が正式に平氏の棟梁となった。清盛は忠盛の館に移り住む。その館に一族郎党が集まり、清盛は「亡き父上の固き志を継ぎ、武士の世を目指す!」と宣言する。
棟梁の仕事は多岐にわたっていた。清盛は父の偉大さを改めて痛感するのだった。一方、棟梁の妻となった時子(深田恭子)は宴でふるまう膳の数を誤り、琵琶の演奏を頼まれても断るなど、清盛の機嫌を損ねることばかりを起こす。
そんな折、藤原家成(佐藤二朗)が訪ね、自身の別邸で催す歌会で清盛に一首詠んでほしいと依頼する。歌が苦手な清盛は信西(阿部サダヲ)を頼るが、あっけなく断られる。そのうえ、歌会でのふるまいが平氏一門の未来を左右すると言われ、清盛は重責を感じる。
そんな清盛の前に現れた源義朝(玉木宏)は、拍子抜けするほどさわやかに棟梁就任を祝い、側室となった常盤(武井咲)を紹介。驚く清盛に常盤が自分の心の支えだと言う。一方、義朝の正室・由良(田中麗奈)はさびしげに一人で過ごす日々が続き、鬼武者(のちの頼朝)はそんな母を見て心を痛めていた。
そのころ、源氏の棟梁・為義(小日向文世)は、義朝の異母弟・義賢(阪本浩之)に源氏に代々伝わる太刀・友切を授け、東国に行き、義朝に対抗できる力をつけろと命じる。
朝廷にも暗雲がひろがっていた。もともと丈夫ではない近衛帝の体が思わしくなく、しかもお世継ぎもいなかった。帝の健康を気遣う崇徳上皇(井浦新)にむかい雅仁親王(松田翔太)は、帝が亡くなれば崇徳の子・重仁が帝となり、崇徳が政治に復帰できるのでは、とその心を見透かしたように言う。
相変わらず歌の宿題に悩む清盛は、三男・清三郎が書の稽古を怠けていると知り、時子のしつけを叱りつけた。そして先妻の明子なら棟梁の妻のつとめをもっとうまく果たせたはずと言い、時子を深く傷つけてしまう。
そんな清盛に義弟・時忠(森田剛)は、時子が琵琶を弾かなくなったのは、結婚する前に清盛が「耳に残る明子の琵琶の音色をかき消されたくない」と言ったことを時子が覚えているからだと告げた。その言葉は清盛の心に深くつきささる。
歌会の当日、家成の別邸には鳥羽院(三上博史)、得子(松雪泰子)、崇徳院、雅仁親王、摂関家や、信西らが集まった。それぞれの思いが渦巻く政治の場の様相をおびて歌会は進み、やがて清盛の歌が詠まれる番になった。
その歌を見て、進行役の藤原成親(家成の子:吉沢悠)が詠むのをためらうと、清盛自ら大声で詠みあげた。「重盛に 基盛それに 清三郎 清四郎みな われらの子なり」あきれる人たちに向かい清盛は、自分が家族や家人たちをなにより大事に思っていること、歌会よりケンカした妻に一刻も早く謝りたいという思いを述べた。堂々とした清盛の態度は歌会の客たちにさまざまな波紋を広げた。得子は清盛を「もろ刃の刃のごとき男」と評し、鳥羽院は「われらにもっとも足りぬものを持っている」と評した。
清盛が帰宅すると、時子は重盛らに請われて琵琶を弾いていた。そして重盛や基盛は時子が大事な母であり、傷つけることは父でも許さないと訴える。清盛はほほえんで時子の琵琶に耳をかたむけた。
一方、義朝は源氏の長の証である名刀・友切が弟に与えられたと知り、為義に詰め寄る。すると為義は、父の誇りを踏みにじる義朝に源氏を背負わせることはできないと断言し、義朝とたもとを分かつことになる。源氏も平氏も、世の大きな流れに、いやおうなく身内を巻き込んでいくことになる。
「平氏の棟梁(とうりょう)」
平忠盛(中井貴一)がこの世を去り、清盛(松山ケンイチ)が正式に平氏の棟梁となった。清盛は忠盛の館に移り住む。その館に一族郎党が集まり、清盛は「亡き父上の固き志を継ぎ、武士の世を目指す!」と宣言する。
棟梁の仕事は多岐にわたっていた。清盛は父の偉大さを改めて痛感するのだった。一方、棟梁の妻となった時子(深田恭子)は宴でふるまう膳の数を誤り、琵琶の演奏を頼まれても断るなど、清盛の機嫌を損ねることばかりを起こす。
そんな折、藤原家成(佐藤二朗)が訪ね、自身の別邸で催す歌会で清盛に一首詠んでほしいと依頼する。歌が苦手な清盛は信西(阿部サダヲ)を頼るが、あっけなく断られる。そのうえ、歌会でのふるまいが平氏一門の未来を左右すると言われ、清盛は重責を感じる。
そんな清盛の前に現れた源義朝(玉木宏)は、拍子抜けするほどさわやかに棟梁就任を祝い、側室となった常盤(武井咲)を紹介。驚く清盛に常盤が自分の心の支えだと言う。一方、義朝の正室・由良(田中麗奈)はさびしげに一人で過ごす日々が続き、鬼武者(のちの頼朝)はそんな母を見て心を痛めていた。
そのころ、源氏の棟梁・為義(小日向文世)は、義朝の異母弟・義賢(阪本浩之)に源氏に代々伝わる太刀・友切を授け、東国に行き、義朝に対抗できる力をつけろと命じる。
朝廷にも暗雲がひろがっていた。もともと丈夫ではない近衛帝の体が思わしくなく、しかもお世継ぎもいなかった。帝の健康を気遣う崇徳上皇(井浦新)にむかい雅仁親王(松田翔太)は、帝が亡くなれば崇徳の子・重仁が帝となり、崇徳が政治に復帰できるのでは、とその心を見透かしたように言う。
相変わらず歌の宿題に悩む清盛は、三男・清三郎が書の稽古を怠けていると知り、時子のしつけを叱りつけた。そして先妻の明子なら棟梁の妻のつとめをもっとうまく果たせたはずと言い、時子を深く傷つけてしまう。
そんな清盛に義弟・時忠(森田剛)は、時子が琵琶を弾かなくなったのは、結婚する前に清盛が「耳に残る明子の琵琶の音色をかき消されたくない」と言ったことを時子が覚えているからだと告げた。その言葉は清盛の心に深くつきささる。
歌会の当日、家成の別邸には鳥羽院(三上博史)、得子(松雪泰子)、崇徳院、雅仁親王、摂関家や、信西らが集まった。それぞれの思いが渦巻く政治の場の様相をおびて歌会は進み、やがて清盛の歌が詠まれる番になった。
その歌を見て、進行役の藤原成親(家成の子:吉沢悠)が詠むのをためらうと、清盛自ら大声で詠みあげた。「重盛に 基盛それに 清三郎 清四郎みな われらの子なり」あきれる人たちに向かい清盛は、自分が家族や家人たちをなにより大事に思っていること、歌会よりケンカした妻に一刻も早く謝りたいという思いを述べた。堂々とした清盛の態度は歌会の客たちにさまざまな波紋を広げた。得子は清盛を「もろ刃の刃のごとき男」と評し、鳥羽院は「われらにもっとも足りぬものを持っている」と評した。
清盛が帰宅すると、時子は重盛らに請われて琵琶を弾いていた。そして重盛や基盛は時子が大事な母であり、傷つけることは父でも許さないと訴える。清盛はほほえんで時子の琵琶に耳をかたむけた。
一方、義朝は源氏の長の証である名刀・友切が弟に与えられたと知り、為義に詰め寄る。すると為義は、父の誇りを踏みにじる義朝に源氏を背負わせることはできないと断言し、義朝とたもとを分かつことになる。源氏も平氏も、世の大きな流れに、いやおうなく身内を巻き込んでいくことになる。
平清盛が生きた平安時代末期