乱れた世を嘆く崇徳帝(井浦新)は、飢饉への策を講じたいと政治への意欲を示すが、鳥羽上皇 (三上博史)は一 蹴、その権力を一切譲ろうとはしなかった。一方で鳥羽上皇の后であり、崇徳帝の母である璋子(たまこ:檀れい)は宮中で絶大な権力を持っていた。あると き、藤原長実(国広富之)が娘の得子(なりこ:松雪泰子)を帝へ入内(じゅだい)させてほしいと璋子に申し出る。璋子は鳥羽上皇へその話をとりなす際に、 自分が白河法皇から受けた寵愛の思い出を無邪気に語った。鳥羽上皇は璋子を「もののけ」と呼んで激高し、感情のおもむくまま得子に手を出してしまう。得子 は上皇を受け入れ、のちに正式な后となった。
保延元年(1135年)、朝廷では藤原忠実(國村隼)ら貴族たちが集まり、瀬戸内海を荒らす 海賊対策の会議に 追われていた。その会議にご意見番として招かれた高階通憲(阿部サダヲ)は、自己中心的な貴族たちを非難するが誰も聞く耳を持たない。結局、鳥羽上皇の命 令で平氏が海賊の追討をすることになった。忠盛は清盛を討伐の一員に加わえ、家盛(大東駿介)には留守居を命じた。清盛をよく思わない叔父の忠正(豊原功 補)は、忠盛に跡継ぎをどう考えているかを問うと、清盛は自分が跡継ぎになるつもりはないと宣言した。
平氏の一行が華々しく西へ向かうころ、義朝は修行の旅へと東へ向かった。京へ残った家盛は 母・宗子(和久井映 見)に忠盛と夫婦になったいきさつを尋ねていた。宗子は清盛出生についての事情を知った上で忠盛を支えるために妻となり、清盛の母になったことを告げる。
平氏の一行が華々しく西へ向かうころ、義朝は修行の旅へと東へ向かった。京へ残った家盛は 母・宗子(和久井映 見)に忠盛と夫婦になったいきさつを尋ねていた。宗子は清盛出生についての事情を知った上で忠盛を支えるために妻となり、清盛の母になったことを告げる。
一方、安芸(広島)の宿営地で海賊討伐について語る平氏一門に向い、元漁師の鱸丸(すずきま る:上川隆也)が 海で暮らす者たちと海戦する困難さを説く。その言い方に反発した侍大将・伊藤忠清(藤本隆宏)は鱸丸を恫喝し、忠正は鱸丸を侮辱した。すると清盛は忠正に つかみかかり大混乱になる。その後忠正と清盛は二人きりとなり、忠正は清盛に「お前が禍(わざわい)の種としか思えない」という心情を語って去る。思い悩 む清盛の前に突然、高階通憲があらわれた。西海の状況が知りたくて追討軍の荷車に隠れてついてきたのだ。通憲は清盛が背負う運命が禍か宝になるかは自分次 第だと清盛を諭す。 やがて安芸の海に到着し、討伐に出発した忠盛・清盛たちを待ち受けていたのは、巨大な海賊船だった。
平清盛が生きた平安時代末期