2012年5月18日金曜日

平清盛 第14回 「家盛決起」

第14回

「家盛決起」

祇園事件から釈放された清盛(松山ケンイチ)を待っていたのは、厳しい表情の弟・家盛(大東駿介)だった。清盛について悩む母・宗子(和久井映見)を見かねた家盛は、祇園事件での兄の行動は嫡男にふさわしくない、自らが平氏の跡継ぎになると宣言したのだ。そして家盛は、悪評高い清盛に代わり、賀茂の祭りで舞を奉じるという名誉を得る。

一方、源氏では為義(小日向文世)と義朝(玉木宏)の間で不和が生じていた。賀茂の祭りで内大臣の頼長(山本耕史)の警固につくという為義に、義朝は自分は鳥羽院(三上博史)に仕える身であると断ったのだ。とりなそうとする由良御前(田中麗奈)の言葉にも義朝は耳をかたむけなかった。

賀茂神社の祭りの当日、家盛は見事な舞を見せる。その舞を見つめる頼長は、家盛が忠盛(中井貴一)と正妻・宗子の子であるのに清盛におくれをとっていることを聞かされた。
祭りの後、忠盛の館で家盛の舞を平氏一同がほめたたえていると、頼長が家盛を自邸に招きたいという知らせが入り、一同は驚き喜ぶ。 そんな家族の雰囲気に入り込めない清盛は、義朝と市場で酒をくみかわしていた。そのふたりの前にみすぼらしい身なりの娘(武井咲)があらわれ、酒を買ってくれという。義朝と清盛はその娘がたぐいまれな美貌であることに驚く。その娘・常盤はのちに源義経の母となり、源氏と平氏に深く関わることになる。

忠盛は清盛の母・舞子が残した鹿角を大切に持ち続けていたが、そのことを知った宗子は真意を問いただした。舞子が罪なく白河院に殺されたことを忘れないためだと説明する忠盛に、宗子は家盛が哀れだと訴えつつも、すべてを受け入れて妻になったことを改めて語った。 一方、頼長は家盛を自邸に招き、家盛の舞をほめたたえ、そなたこそ平氏の棟りょうにふさわしいとその気にさせる。そして1148年、家盛は従四位下右馬頭(じゅしいのげうまのかみ)に昇進する。なかば蟄居(ちっきょ)生活を送り、不満顔の清盛に妻・時子(深田恭子)は跡継ぎの座などこだわるなと言う。再び家盛を招いた頼長は、血のつながらない兄・清盛をおしのけて平氏の棟りょうになることを酒に酔わせてそそのかす。

1149年、忠盛の館に平氏一門が集まっていた。そこに清盛の異母弟、経盛(駿河太郎)、教盛(鈴之助)もやってきた。ふたりは家盛こそが平氏の跡継ぎにふさわしいといい、忠正(豊原功補)もこの場で跡継ぎを決めるよう忠盛に進言。家盛自らも跡を継ぐことへの明確な意思を示した。口を開かない忠盛を見て、清盛は屋敷を飛び出す。その後、忠盛は複雑な胸中を家貞(中村梅雀)にだけ語った。

頼長邸に招かれた家盛は、頼長が家盛を平氏の棟りょうに推したのは清盛より扱いやすいからであるという意図を聞きショックをうける。翌朝、家盛は宗子に、自分は棟りょうになりたかったのではなく、ただ母の笑う顔が見たかっただけだと告げる。宗子は自分が家盛を追いつめていたことを知り、自らを責める。

鳥羽院が熊野詣をするにあたり、その警固を平氏は命ぜられた。だが清盛は同行を許されず、家盛がその一行に加わることになった。無事に参詣をすませた帰り道に事件は起こった。馬上の家盛は、通りで遊ぶ幼き兄弟を目にし、仲良かった頃の兄・清盛との記憶をよみがえらせていた。思い出に浸り我を失う中、不覚にも馬から落ちてしまう。家盛の予期せぬ最期だった。














平清盛が生きた平安時代末期