第30回「平家納経」
1161年、崇徳上皇(井浦新)は配流先の讃岐で静かに悔恨の日々を暮らしていた。崇徳の弟・後白河上皇(松田翔太)は滋子(成海璃子)との間に憲仁(のりひと)親王をもうけていた。
清盛(松山ケンイチ)の命により、兎丸(加藤浩次)たちが博多から宋の高価な品々を持って帰ってきた。清盛は兎丸を遅いと叱るが、兎丸は文句があるなら博多を都の隣に持ってこいと言い返した。
清盛の義弟・時忠(森田剛)は平家の血をひく憲仁を次の帝にしようと画策し、強引に清盛の次男・基盛(渡部豪太)と弟・教盛(鈴之助)を計画に引き込んだ。しかしそのたくらみはすぐに二条天皇(冨浦智嗣)に知れ、清盛は帝から厳しく糾弾される。怒り心頭の清盛は、六波羅に戻るとすぐに三人の官職の返上を命じた。
そのころ、平家では基盛が不慮の事故で落命した。嘆き悲しむ清盛たちに西行(藤木直人)は、「基盛が亡くなった頃、怨念のかたまりが讃岐から飛んでいくのを見た。基盛の死は崇徳上皇の怨念のせいでは」ということだった。
ある日、藤原摂関家の長・藤原忠通(堀部圭亮)は、息子・基実(村杉蝉之介)とともに清盛を訪ね、基実を娘婿にしてほしいと頼んだ。摂関家の存続を願う忠通は、かつての誇りを捨て、見下していた武士に力添えを期待したのであった。
清盛はみんなを集め、一門で経典を嚴島神社に納めることを命じた。それは、平家繁栄を祈願するためであり、保元・平治の乱で失われた人たちを弔うためでもあった。清盛はこの国最高の技と材料、莫大な財と労力を注ぎ込み、絢爛豪華な三十三巻の経典を完成させた。そして、平家一門はそれを嚴島の社に納めることとなった。その最中、時忠は帝を呪詛(じゅそ)した疑いをかけられ、出雲に流罪となり、これもまた崇徳のせいではないかと時忠はつぶやいた。
清盛はそんなことはないと言い捨て、時忠を送る途中の福原(神戸)の海を見つめた。 平家一門と西行は船で安芸へ向かった。
その途中、突然海が嵐にあい動揺する一門は、これも崇徳の呪いかと思い、経典を海に沈めて怨念をしずめようとするが、清盛は兎丸らになんとしても嚴島へ向かうよう命じる。
そのころ讃岐では崇徳上皇が呪いつづけていた。必死に船を航行させる兎丸たち、西行はひたすら経を唱えた。そして夜明けをむかえると、崇徳上皇は朝日に溶けいるように息をひきとった。
清盛はそんなことはないと言い捨て、時忠を送る途中の福原(神戸)の海を見つめた。 平家一門と西行は船で安芸へ向かった。
その途中、突然海が嵐にあい動揺する一門は、これも崇徳の呪いかと思い、経典を海に沈めて怨念をしずめようとするが、清盛は兎丸らになんとしても嚴島へ向かうよう命じる。
そのころ讃岐では崇徳上皇が呪いつづけていた。必死に船を航行させる兎丸たち、西行はひたすら経を唱えた。そして夜明けをむかえると、崇徳上皇は朝日に溶けいるように息をひきとった。
かくして清盛は嚴島の社にたどりついた。そして納経の儀式が進む中、清盛の脳裏にはある記憶がよみがえっていた。兎丸が博多を都の隣に持ってこいと言ったこと、清盛が気をとめた、福原の海こと。そして清盛は興奮を抑えきれずに言った。「博多を都の隣に持ってくるぞ」と。清盛の新たなる目標が見つかった瞬間だった。
平清盛が生きた平安時代末期