2012年7月19日木曜日

平清盛 第25回 見果てぬ夢


第25回

「見果てぬ夢」

1159(保元4)年2月、後白河上皇(松田翔太)の姉・統子(むねこ)内親王(愛原実花)が上西門院(じょうさいもんいん)という院号を授かり、源頼朝(中川大志)は蔵人に取り立てられる。病床の母・由良御前(田中麗奈)はその知らせに喜びながらも、平氏との差を埋められずに苦しむ義朝(玉木宏)を案じ、父を支えよと頼朝に言い聞かせる。

信西(阿部サダヲ)の政治改革は順調に進み、今度は官吏養成のための予算を捻出しようと奔走していた。その働きぶりに感心する清盛(松山ケンイチ)に、信西の妻・朝子(浅香唯)は信西の逸話を語る。淡海(たんかい)という宋の僧侶と会ったときだった。見事に宋の言葉で話す信西に驚いた淡海は、博識の理由をたずねると、信西は遣唐使が再開されたときに備えているためだと自身の夢を語ったという。清盛は信西の壮大な夢に驚く。

朝廷は即位した二条天皇(冨浦智嗣)の親政派と譲位した後白河上皇の院政派に分かれて対立していた。その中でも自分の意のままに政(まつりごと)を行う信西を二条親政派は疎ましく思っていた。また、後白河上皇から過剰な寵愛(ちょうあい)を受けている側近・藤原信頼(塚地武雅)は後白河上皇を通じて近衛大将の位をねだるが、信西は強く反対。信頼は信西に憎しみを抱いていく。信西は師光(加藤虎ノ介)を通じて白楽天の「長恨歌」の絵巻を後白河上皇にとどけた。それは唐の玄宗皇帝が楊貴妃にのめりこんで国を滅ぼした話であり、信頼にいれこむ後白河上皇への戒めだったが、上皇は喜ぶばかりで真意にまったく気づかなかった。

ある日、清盛はやつれた義朝を見かけ、病床の義朝の妻・由良御前のために宋の薬を渡そうとするが義朝は断る。意地をはりながらも自分のふがいなさを恥じる義朝に清盛はかける言葉がなかった。

2月、上西門院の殿上始の儀で、頼朝は初めて平清盛と対面することになった。清盛の杯に酒を供することになった頼朝は、その威厳に満ちた姿に圧倒されて酒をこぼしてしまう。悔しさと恥ずかしさでいっぱいの頼朝に、「やはり最も強き武士は平氏じゃ。そなたのような弱き者を抱えた源氏とは違う」と清盛は言った。怒りに震える頼朝が清盛をにらむと意外にも清盛は優しげな笑顔で頼朝を見ていた。頼朝が館に戻ると由良の容体が急変していた。義朝は宋の薬を求めて清盛の館へ走ろうとするが、由良がそれを制止。誇り高き源氏の妻として死なせてほしいと言い残して、息をひきとる。
程なく、信西に対して怒りを抑えきれない信頼は、同じく信西に対抗心を燃やす二条親政派の藤原経宗(有薗芳記)、惟方(野間口徹)を館に呼んでいた。信頼は、仕えるお方が違っても倒すべき敵は同じと言い、一同は打倒信西を誓う。

そのころ清盛は妻・時子(深田恭子)に信西のことを話していた。広く薄く税をとりたてる信西の政策により、重税に苦しんでいた都の民の暮らしが楽になってきていた。清盛は、信西の国づくりに協力していこうと決意する。そして、義朝がのぼってくるのを待ち、一緒に武士の世を気づく夢を語る。
一方、失意に暮れる義朝は常盤(武井咲)のもとへいくが、由良を失った寂しさは癒やせない。そんな義朝を呼び出した信頼は、自分と手を組み信西の首を取れともちかける。義朝はあまりの事の大きさに思わず断り、その場を離れた。

館に戻ると義朝は、頼朝から清盛とはどういう男なのかを尋ねられた。義朝は若いころ競べ馬で清盛に勝った日のことを語り、負けて落ち込む清盛に「最も強き武士は源氏じゃ」と挑発し、怒りで立ち上がった清盛のことがうれしかったことを告げた。その話を聞き、頼朝は対面したときの清盛の笑顔の意味にようやく気づいた。義朝も話していくうちに、今度は清盛の前に自らが立ち上がる番ではないかと思い始め、そしてある決意を固めた。

信西は宋との交流を復活させ、使節を送るという積年の夢を実現しようとしていた。清盛は信西から、大願成就のために熊野神社へ詣でるよう命ぜられ、旅立った。これを好機と、信頼の館には信西と敵対する貴族たちが集まり、そこへ義朝も加わっていた。ある夜、算木を使い予算を計算する信西は、突然、無数に並んだ算木が迫りくる地響きのために揺れ始めるの見て、恐怖に震えるのだった。














平清盛が生きた平安時代末期