2012年9月20日木曜日

平清盛 第34回 「白河院の伝言」


第34回

「白河院の伝言」

1168年、 突然熱病におかされ意識を失い、病床に伏した平清盛(松山ケンイチ)。薬師(くすし)の診断で原因は寸白(すばく・寄生虫)と判明したものの、手元の薬では治せず、祈るよりほかに手だてはない。万一の事態も覚悟し、今は落ち着いてなすべきことをせよと、時子(深田恭子)は一門に命じる。

清盛危篤の知らせは、たちまち都のみならず、后の滋子(成海璃子)とともに熊野詣でに向かう途上の後白河上皇(松田翔太)や、果ては源頼朝(岡田将生)の暮らす伊豆にまで届く。そして平家一門のみならず、朝廷や貴族、諸国の武士など多くの人々の心に波紋を呼ぶ。後白河上皇の一行は、この一大事に御所を空けていては危ういと判断し、京へとってかえすが、その途上で大雨に見舞われ、足止めを食らう。

清盛が回復するまで一時的に長男・重盛(窪田正孝)が平家を率いることになった。しかし時子の弟・時忠(森田剛)は三男・宗盛(石黒英雄)に、清盛が亡くなった場合は棟梁になれとけしかける。重盛と違い宗盛は正室である時子の子だからだった。鉄壁に見えた平家一門にかすかな亀裂の兆しが見え始めていた。
死の淵(ふち)をさまよう清盛の意識は、時をさかのぼって胎児のころに飛び、生母・舞子(吹石一恵)の腹の中へとたどりつく。そして、白河法皇(伊東四朗)や祇園女御(ぎおんのにょうご・松田聖子)とのやりとりを見聞きする。横暴な白河法皇の子を宿した舞子を祇園女御は心配していた。

やがて白河法皇は養女とした璋子(たまこ:檀れい)が病床に伏したことを知り、陰陽師に病状を探らせる。その病の原因が、舞子が宿した子にあると聞いた白河法皇は、舞子におなかの子、つまり清盛を流すことを命じる。何としてもわが子を守りたい舞子は、御所を抜け出し、偶然出会った平忠盛(中井貴一)に助けられ、無事赤子(清盛)を産み落とす。やがて忠盛と舞子は心を通わせるようになるが、舞子は捕らえられ、白河法皇の前に引き据えられた。

忠盛は白河法皇のもとに行き、自らの危険もかえりみず舞子を自分の妻にしたいと訴える。そんな忠盛とわが子を救うため、舞子は白河法皇に刃を向けて襲い掛かると、護衛の弓矢を全身に受けて息絶える。そんな光景を見続けていた清盛は、母を殺された怒りを押さえきれず、夢の中で白河法皇にぶつける。感情をあらわにする清盛に白河法皇は、お前も昇りきった果ての景色を知れば、わしのことが分かると語る。すると清盛は、あなた様に追いつくどころか、追いこして見せる―――、と語ったところで、清盛は現実の世界に戻り目をさます。
病床の清盛の前には、後白河上皇が泥と雨にまみれながら立っていた。後白河上皇は好敵手としての清盛の生還を素直に喜んでいた。そんな上皇に向かい、お互い双六あそびがまだ終わっていないため、まだ死ぬわけにはいかないと清盛は告げる。清盛の手にはサイコロが握られていた。

清盛が回復したという知らせは瞬く間に広がった。喜ぶ平家一門だが、重盛と宗盛の対立の宿命など新たな問題があらわれはじめた。

源義朝が残した二人の子らはそれぞれ岐路を迎えていた。常盤(武井咲)は牛若(のちの義経)に、いったんは実は源氏の御曹司であることを告げようとしたが、それをあきらめ、鞍馬に行き寺に入るように命じた。また伊豆で失意の日々を送っていた頼朝には、運命の女性・政子(杏)との出会いが迫っていた。














平清盛が生きた平安時代末期