マッカーサーに宛てた手紙(直訴 状)
マッカーサーは占領初期、日本の非軍事化と民主化を大きな目標に掲げ、矢継ぎ早に改革に取り組んだ。それまで軍国主義によって抑圧されてきた日本の国民に は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)を解放軍と位置付け、歓迎する気運が高まっていた。当時GHQに宛てられた手紙は54万通にも達してた。
当時、マッカーサー宛に政治家、医師、農民、主婦、小学生まで、あらゆる立場の人々から50万通もの手紙が届いたそうです。そのうちの一人、東京西荻窪に 在住していた「伊藤たか」と言う婦人は、毎日葉書をマッカーサー宛に出していた。「伊藤たか」はマッカーサーに何を訴えた 買ったのでしょうか???その内容から、戦後の混乱期の中でも国体維持を強く願っていた国民の姿が伺えます。国体とは何か!!!改めて考えてみたいと思います。
昭和天皇に感銘を受けたマッカーサー
昭和20年9月10日、アメリカ上院で「天皇を戦争裁判にかけることをアメリカの方針とする」という決議がなされた。その背景には、アメリカ連合軍とに沸 き起こった、天皇の戦争責任を追求する世論があったからだ。9月11日、GHQ連合軍総司令部は、東條英機の逮捕を強行した。アメリカ兵に自宅を取り囲ま れた東條はピストル自殺を図ったが、アメリカ軍の応急措置で一命を取り止めた。この翌日には、杉山元(はじめ)陸軍大臣が自殺。さらに12月16日には元 首相の近衛文麿が服毒自殺をした。「生きて虜囚の辱めを受けず」との信念から、多くの郡の上層部や政治家責任者が命を絶って行った。
12月、皇居近くに国際検察局が設立され、アメリカのキーナン首席検事を中心とする国際検察局は、東京裁判で起訴する戦争犯罪人を選別する任務を担当する ことになった。東京裁判の開廷を前に、戦争犯罪人として訴追される被告が選ばれたが、ここで、オーストラリアの検事が、天皇を含めるべきだと提案し議論と なった。しかし、「天皇を訴追せず」。この判断を下したのはマッカーサーだった。何故、マッカーサーはこのような判断を下したのか。
去る9月27日に、マッカーサーはアメリカ大使館にて昭和天皇と非公式に会見をします。その時の会見を後の回顧録に次のように残している。
天皇は、「私は、戦争を遂行するに当たって、日本国民が政治、軍事両面で行った全ての決定と行動に対して、責任を負うべきただ一人の者です。あなたが代表 する連合軍の裁定に、私自身を委ねる為にここに来ました。」と語った。そこに大きな感動が私を揺さぶった。死を伴う責任、それも私の知る限り、明らかに天 皇に帰するべきではない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動を覚えた。私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳士 であると思った。(マッカーサー回顧録・昭和38年1963年)
この会見後に、マッカーサーは、「もしも天皇が戦争犯罪人の廉(かど)で裁判に掛けられれば、統治機構は崩壊し、全国的な反乱は避けられないだろう」と、 軍事補佐官から天皇についての進言を受けた。11月、アメリカ政府はマッカーサーに、昭和天皇の戦争責任を調査するように要請した。マッカーサーは「戦争 責任を追求できる証拠は一切ない」と返答した。昭和天皇との会見で感銘を受けた事は間違いはないが、軍事補佐官の進言が本当であると確信したからだ。マッ カーサーの心に、日本国民の強い訴えが届いていたのだ。
マッカーサーに宛てた直訴状
東京の西荻窪に住んでいたご婦人、「伊藤たか」がマッカーサーに宛てた葉書を出したのは、ちょうど東京裁判のための戦争犯罪人が選別されていた頃ではない かと推測される。これは、ある日の彼女の手紙です。そこには「天皇に戦争責任はございません。天皇の代わりならば私が喜んで命を差し上げます」と書かれて おり、血判が押してありました。
彼女の出した直訴状の中からある日の手紙の内容を紹介します。
閣下、御きげんは如何いらっしゃいますか。私共は、最高司令官でおいでになる閣下に対して、一番お親しみを感じ、それと共に閣下のあたたかいお心をおたよ り致します。閣下のお心一つをおたよりに思い乍ら、また方(くり)かへしてこの手紙を差上げる次第でございます。御面倒ともくどいとも思ひになるでせう が、どうぞ御辛抱下さいまして、日本国民のお願ひをおきき下さいませ。
今日の新聞は又私共を暗い心におとしいれてしまひました。同胞が次から次へ戦犯者として捕はれることも無論私共の心を痛ましめますが、それはそれとして、 天皇に御責任があられるや?といった感じを新聞からうけまして、限りない心痛に苦しめられて居ります。
敗戦国の民として私共はどのような惨苦も甘受するものでございます。卑怯ものであってはならない、といふ事が私共日本人の唯一のほこりでございます。どん な苦悩もグチ一つ云わずに忍ぶだけの心をもって居りますが、日本人の唯一つ忍びがたいものは、天皇に関する御不幸であります。それはどんなに小さな御不幸 でも私共は忍ぶことが出来ません。
今上天皇は御歴代の天皇の中で一番お苦悩の多い御不幸な天皇でおいで遊されます。それを思ふといつも泪が流れてまゐります。その天皇にこの上御苦労をおか け申上げることの苦しさは、天皇をお持ちにならない閣下には御理解下さるまいとは存じますが、この気持ちは決して無知なるものの盲信狂言ではございませ ん。
私共にとって、決して天皇は偶像としての神ではいらっしゃいません。私共が天皇を仰慕する心は、もっともっと熱い、もっともっと広いゆたかなものだと思っ てをります。昨日も申上げましたとほり、それは日本人の血の中を脈うって流れてゐるものでございます。
今上天皇は、只の一人もいい御家来をお持ちにならなかったことを申上げたく存じます。天皇と国民との結合をへだてたものを私共はどんなに憎く思ってをりま すことか。その上、自分達の責任をのがれて上御一人に責任を転かしようとする卑怯ものが容ぎ者中に只の一人でも居りますことを、私共は、日本国の最大不祥 事と思ひ、又、そうした国民を閣下否世界中に発表されることの恥しさを身魂にてっして思ふものでございます。
日本の天皇は平和を愛し給ふのが御本質でおいで遊されます。御自身に代へて救ひたいと思召された国民が、そのお慈悲に御報ひすることを忘れた、現在の日本 国民の一部の姿を世界に対して心から恥じてをります。
今上天皇に御責任はございません。天皇をお助け申すべき側近の臣等が天皇を窮地におとし入れ参らせたのでございます。閣下のおめに映ずる日本国民のみにく さをもって、日本人全体を御評価なさらないで下さい。併し、私共も我々臣民はもっともっと優秀なものだと信じてをりましたので、見るものきくもの只々、恥 と悲しみを味ってをります。
娼婦同様の媚態を示す若い娘達、餓える同胞をよそめにして闇で太ってゐる人々、日本に生まれ乍ら天皇を排しようとする主義者、自分の責任を逃れようとする 君側の臣等、等々、敗戦は敗戦として何故もっといさぎよくせめて持つことを許された祖先よりうけついだほこりをもってゐてくれないのか、と只々それを口惜 しく恥しく思ひます。
天皇をお守りするために、天皇の御安泰を保証される代りにならば、ほんとうに私共の生命をよろこんで閣下のお国へさし上げます。
閣下にお願ひいたします。どうぞ日本天皇を御理解下さいまし。
拙劣な上に長文となりお許し下さいまし。きのふも今日もあたたかいいい日でございます。私共はこんな日を霜日和と申してをります。
私共の生命のあらん限り愛し奉る、御慕い奉る天皇、日本、そうして美しいむさしの。
閣下の御健康をお祈り申上げます。
十二月七日
伊藤 たか(血判)
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マッカーサーは占領初期、日本の非軍事化と民主化を大きな目標に掲げ、矢継ぎ早に改革に取り組んだ。それまで軍国主義によって抑圧されてきた日本の国民に は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)を解放軍と位置付け、歓迎する気運が高まっていた。当時GHQに宛てられた手紙は54万通にも達してた。
当時、マッカーサー宛に政治家、医師、農民、主婦、小学生まで、あらゆる立場の人々から50万通もの手紙が届いたそうです。そのうちの一人、東京西荻窪に 在住していた「伊藤たか」と言う婦人は、毎日葉書をマッカーサー宛に出していた。「伊藤たか」はマッカーサーに何を訴えた 買ったのでしょうか???その内容から、戦後の混乱期の中でも国体維持を強く願っていた国民の姿が伺えます。国体とは何か!!!改めて考えてみたいと思います。
昭和天皇に感銘を受けたマッカーサー
昭和20年9月10日、アメリカ上院で「天皇を戦争裁判にかけることをアメリカの方針とする」という決議がなされた。その背景には、アメリカ連合軍とに沸 き起こった、天皇の戦争責任を追求する世論があったからだ。9月11日、GHQ連合軍総司令部は、東條英機の逮捕を強行した。アメリカ兵に自宅を取り囲ま れた東條はピストル自殺を図ったが、アメリカ軍の応急措置で一命を取り止めた。この翌日には、杉山元(はじめ)陸軍大臣が自殺。さらに12月16日には元 首相の近衛文麿が服毒自殺をした。「生きて虜囚の辱めを受けず」との信念から、多くの郡の上層部や政治家責任者が命を絶って行った。
12月、皇居近くに国際検察局が設立され、アメリカのキーナン首席検事を中心とする国際検察局は、東京裁判で起訴する戦争犯罪人を選別する任務を担当する ことになった。東京裁判の開廷を前に、戦争犯罪人として訴追される被告が選ばれたが、ここで、オーストラリアの検事が、天皇を含めるべきだと提案し議論と なった。しかし、「天皇を訴追せず」。この判断を下したのはマッカーサーだった。何故、マッカーサーはこのような判断を下したのか。
去る9月27日に、マッカーサーはアメリカ大使館にて昭和天皇と非公式に会見をします。その時の会見を後の回顧録に次のように残している。
天皇は、「私は、戦争を遂行するに当たって、日本国民が政治、軍事両面で行った全ての決定と行動に対して、責任を負うべきただ一人の者です。あなたが代表 する連合軍の裁定に、私自身を委ねる為にここに来ました。」と語った。そこに大きな感動が私を揺さぶった。死を伴う責任、それも私の知る限り、明らかに天 皇に帰するべきではない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動を覚えた。私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳士 であると思った。(マッカーサー回顧録・昭和38年1963年)
この会見後に、マッカーサーは、「もしも天皇が戦争犯罪人の廉(かど)で裁判に掛けられれば、統治機構は崩壊し、全国的な反乱は避けられないだろう」と、 軍事補佐官から天皇についての進言を受けた。11月、アメリカ政府はマッカーサーに、昭和天皇の戦争責任を調査するように要請した。マッカーサーは「戦争 責任を追求できる証拠は一切ない」と返答した。昭和天皇との会見で感銘を受けた事は間違いはないが、軍事補佐官の進言が本当であると確信したからだ。マッ カーサーの心に、日本国民の強い訴えが届いていたのだ。
マッカーサーに宛てた直訴状
東京の西荻窪に住んでいたご婦人、「伊藤たか」がマッカーサーに宛てた葉書を出したのは、ちょうど東京裁判のための戦争犯罪人が選別されていた頃ではない かと推測される。これは、ある日の彼女の手紙です。そこには「天皇に戦争責任はございません。天皇の代わりならば私が喜んで命を差し上げます」と書かれて おり、血判が押してありました。
彼女の出した直訴状の中からある日の手紙の内容を紹介します。
閣下、御きげんは如何いらっしゃいますか。私共は、最高司令官でおいでになる閣下に対して、一番お親しみを感じ、それと共に閣下のあたたかいお心をおたよ り致します。閣下のお心一つをおたよりに思い乍ら、また方(くり)かへしてこの手紙を差上げる次第でございます。御面倒ともくどいとも思ひになるでせう が、どうぞ御辛抱下さいまして、日本国民のお願ひをおきき下さいませ。
今日の新聞は又私共を暗い心におとしいれてしまひました。同胞が次から次へ戦犯者として捕はれることも無論私共の心を痛ましめますが、それはそれとして、 天皇に御責任があられるや?といった感じを新聞からうけまして、限りない心痛に苦しめられて居ります。
敗戦国の民として私共はどのような惨苦も甘受するものでございます。卑怯ものであってはならない、といふ事が私共日本人の唯一のほこりでございます。どん な苦悩もグチ一つ云わずに忍ぶだけの心をもって居りますが、日本人の唯一つ忍びがたいものは、天皇に関する御不幸であります。それはどんなに小さな御不幸 でも私共は忍ぶことが出来ません。
今上天皇は御歴代の天皇の中で一番お苦悩の多い御不幸な天皇でおいで遊されます。それを思ふといつも泪が流れてまゐります。その天皇にこの上御苦労をおか け申上げることの苦しさは、天皇をお持ちにならない閣下には御理解下さるまいとは存じますが、この気持ちは決して無知なるものの盲信狂言ではございませ ん。
私共にとって、決して天皇は偶像としての神ではいらっしゃいません。私共が天皇を仰慕する心は、もっともっと熱い、もっともっと広いゆたかなものだと思っ てをります。昨日も申上げましたとほり、それは日本人の血の中を脈うって流れてゐるものでございます。
今上天皇は、只の一人もいい御家来をお持ちにならなかったことを申上げたく存じます。天皇と国民との結合をへだてたものを私共はどんなに憎く思ってをりま すことか。その上、自分達の責任をのがれて上御一人に責任を転かしようとする卑怯ものが容ぎ者中に只の一人でも居りますことを、私共は、日本国の最大不祥 事と思ひ、又、そうした国民を閣下否世界中に発表されることの恥しさを身魂にてっして思ふものでございます。
日本の天皇は平和を愛し給ふのが御本質でおいで遊されます。御自身に代へて救ひたいと思召された国民が、そのお慈悲に御報ひすることを忘れた、現在の日本 国民の一部の姿を世界に対して心から恥じてをります。
今上天皇に御責任はございません。天皇をお助け申すべき側近の臣等が天皇を窮地におとし入れ参らせたのでございます。閣下のおめに映ずる日本国民のみにく さをもって、日本人全体を御評価なさらないで下さい。併し、私共も我々臣民はもっともっと優秀なものだと信じてをりましたので、見るものきくもの只々、恥 と悲しみを味ってをります。
娼婦同様の媚態を示す若い娘達、餓える同胞をよそめにして闇で太ってゐる人々、日本に生まれ乍ら天皇を排しようとする主義者、自分の責任を逃れようとする 君側の臣等、等々、敗戦は敗戦として何故もっといさぎよくせめて持つことを許された祖先よりうけついだほこりをもってゐてくれないのか、と只々それを口惜 しく恥しく思ひます。
天皇をお守りするために、天皇の御安泰を保証される代りにならば、ほんとうに私共の生命をよろこんで閣下のお国へさし上げます。
閣下にお願ひいたします。どうぞ日本天皇を御理解下さいまし。
拙劣な上に長文となりお許し下さいまし。きのふも今日もあたたかいいい日でございます。私共はこんな日を霜日和と申してをります。
私共の生命のあらん限り愛し奉る、御慕い奉る天皇、日本、そうして美しいむさしの。
閣下の御健康をお祈り申上げます。
十二月七日
伊藤 たか(血判)
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