2012年4月5日木曜日

2012-04-05 東京都三鷹市:太宰治ゆかりの地と案内板

太宰治が1939(昭和14)年9月から1948(昭和23)年6月までの9年間を過 ごした東京三鷹市、その縁の地を散策してみよう。。。


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陸橋(跨線橋)
東京都三鷹市上連雀2丁目21
中央線の上に架かる『陸橋』に友人を案内することもあった。この橋は1929(昭和4)年竣工、現在もその姿を留めている。


中鉢家跡
東京都三鷹市下連雀3丁目43-32
1946(昭和21)年11月、疎開から戻った太宰は、三鷹駅前郵便局のはす向かいに仕事場を借りる。ここで『ビョンの妻』などを執筆する。『朝』はこの 部屋が舞台。


うなぎ若松屋跡
東京都三鷹市下連雀3丁目35-8
太宰が編集者との打合せ場所にしていた馴染みの屋台。


小料理屋『千草』跡
東京都三鷹市下連雀3丁目24−3
1947(昭和22)年7月から小料理屋『千草』の2階も仕事場にしていた。


野川家跡
山崎富栄と親しくなった1947(昭和22)年9月から、富江の下宿先の野川家2階も仕事場にしていた。太宰最期の日、ここから2人で玉川上水へ向かっ た。
(有)永塚葬儀社
〒181-0013 東京都三鷹市下連雀3丁目15−15


田辺肉店離れ跡
東京都三鷹市下連雀3丁目27-8ムサシ三鷹ビル1F
1947(昭和22)年4月から田辺肉店のアパートで『斜陽』を書き始める。またこの店を舞台に『犯人』が書かれた。


太宰横丁
東京都三鷹市下連雀3丁目27-8
ムサシ三鷹ビルの東側の通り
小さな飲食店が軒を並べていて、太宰が通ったことで通称が付いた。


太宰治文学サロン
太宰治没後60年と生誕100年を記念して、太宰が通った伊勢元酒店跡地に2008年(平成20)年3月に開設された。
〒181-0013 東京都三鷹市下連雀3丁目16−14
グランジャルダン三鷹 1F
0422-26-9150
mitaka.jpn.org/dazai


井心亭(百日紅)
東京都三鷹市下連雀2丁目14−7
市の和風文化施設。直ぐ近くの太宰治旧宅の「玄関の前の百日紅」(おさん)が庭に移植さrています。